本来あるべきだった暮らし
「城で暮らすようになってから一週間経ったけど……慣れないなぁ」
俺がこの城に来て一週間が経過した。まあ城と言っても離れだけど。
その間に俺が連れてきた使節団は城に入り、国王……父上と話をしたらしいけど、その話は俺の方には入ってこない。何せ俺の存在は限られた者しか知らないし、俺のところに情報を運んできてくれる人なんて一人しかいないから城での出来事なんて何もわからない。
使用人はいるけど、それだって俺の使用人というよりも国王の使用人が派遣されてきている感じなので、必要以上に関わってこない。頼みだって、生活の上で必要な頼みならともかく、城での情報なんかは教えてくれないのでどうしようもない。
「調子はどうかしら?」
「ライラ? 仕事中じゃないのか?」
俺に情報をくれる唯一の人物であるライラがやって来た。と言っても、今日で三回目だから毎日来てくれるってわけじゃないけど。
「仕事よ。第三親衛隊だもの。王族の警護をしていてもおかしくはないでしょう?」
「警護ね……」
そう言えば〝王室〟親衛隊だっけ。ならまあ普段は特に仕事がないって言ってたし、俺に付けられるのはおかしくはないか。
でも、正直なところ警護なんてなくても大丈夫なんだよな。ライラもその辺は理解しているのか苦笑している。
「あなたに必要ないことは分かっているけれど、警護されている、という事実が重要なのよ」
「貴族関係のあれこれか……大丈夫なの?」
この間は少し問題がありそう、みたいなこと言ってた気がするけど、やっぱり何か仕掛けてきたんだろうか?
「なにも問題なく、とはいかないわね。やっぱり他の王族やその後援の貴族たちは騒いでいるわ。多分だけれど、近いうちにお披露目のパーティーなんかがあるんじゃないかしら?」
「パーティーって……そんなの必要?」
「必要よ。まああなたのお披露目というよりも、他の大陸から来た使節団の歓迎パーティーがメインで、貴方の商会はそのついででしょうけれど」
「ついでかぁ……なら少しは気が楽かな」
行方不明だった王族の帰還、とかだとかなり騒がれそうだけど、使節団のついでならそれほど注目はされない……と思いたい。
けど、俺の態度を見てライラは呆れた様子で息を吐いている。
「なに言っているのよ。紹介はついでと言ったけれど、実際にはあなたがメインよ。あくまでも建前上はついでとして扱っているだけ。陛下の配慮の結果ね」
「陛下の配慮ね……」
あの日、謝られてから通常状態に戻った国王とは事務的な話しかしていないし、この一週間の間には一度もあっていない。だからどんな人物なのか、俺に対して何を思っているのかさっぱりわからない。なので配慮と言われても実感が湧かない。
「ええ。あなたをただの息子として紹介すれば、絶対に横槍が入ってくるわ。本当に息子なのか、ってね。でも、他の大陸からの使節団を歓迎するパーティーの場で、その使節団を率いてきた者として紹介すれば、貴族たちは何もできないわ。だってあなたを否定することは使節団たちを否定することになるもの」
「率いてきた意識ないんだけど」
竜国に関してはガルに船を強請ったら使節団もついてきたし、獣人たちも帰る時についてきただけ。それが俺の認識だ。
まあ、ライラや他の人達が調整したんだろうし、ついてきただけと言っても俺だって使節団の重要性や立ち位置は理解している。けど、彼らのトップであるという意識は薄い。せいぜいが案内役か、あるいは話を通すために必要なとっかかりや緩衝材のようなものだとおもっている。
「だとしても、あの一団の旗頭は間違いなくあなたよ。あなたがいたからこそ、今回の状況ができているのだもの。それくらいは分かっているでしょう?」
「まあ、一応は。でも礼儀作法とか知らないけど?」
きっかけが俺だというのは理解しているし、参加しろというなら参加するのは吝かではない。でも、俺をトップとして担ぎ上げたところで俺は子供だ。どれだけの人が信じる事か。しかも礼儀作法も覚束ないと来た。それでいいのか?
「今習っているんでしょう? 教師は手配したはずよ」
「習ってるけどさぁ。そんな付け焼刃でどうにかなるものなの?」
「あなたの生い立ちと使節団のトップという立場があれば、多少の不手際があってもどうとでもなるわ」
ライラが手配したのか国王が手配したのか、ここにきて最初の日はゆっくりできたけど、その次からは作法や常識の教師がやってきて勉強する羽目になった。
精神年齢は前世の分があるから授業の必要性もわかるし大人しく受けたが、それでもまだ一週間だ。完全に作法を覚えたわけじゃない。アドリブで乗り切れって結構な無茶を言ってる自覚あるか?
「それより問題は他の王族たちね」
「他の王族って言われても、会ったことないから正直なところ危機感が湧かないよ」
貴族や王族が何か仕掛けてくるかもしれないって言ってたから、何だったら向こうから会いに来るかもしれないとか思っていたのに誰も来ない。そんな状況で危機感なんて湧くはずもない。
「それはそうでしょう。こっちで制限をかけているもの」
「そうだったの?」
「ええ。でも、もうそろそろ抑えるのも限界になって来たわ」
「まだ一週間しか経ってないんだけど? せめて一月くらいは頑張ってよ」
「あなたね……一週間抑えただけでも褒めてくれないかしら? 貴族たちの屁理屈ってすごいんだから」
まあ、本当に王族が絡んでいるんだったら、止めるのって難しいよな。ここって一応王城の敷地内だし、相手は王族なんだから王様以外は止められないだろう。
「それで、もしかしたら近いうちに遭遇することになるかもしれないけれど、特に第一王子には気を付けてちょうだい」
「第一王子……ってことは俺の兄? いや、でも俺の生まれた時って……」
ここでようやく思い至ったけど、今の国王の子供で一番上って俺なわけで、他の王族はそれ以下になる。今の俺が十三……いや、旅の間に十四になったか。まあそれくらいだから、十三以下の子供だろ? それなのに政治争いで問題を起こそうとしているのか? だとしたら王族ってかなり業が深い生き物だな。
「生まれた順番でいえばあなたが一番上よ。でも、これまであなたの存在は死んだものとして扱われていたから、 二番目の子が第一として扱われてきたのよ」
「ああ、なるほど。俺がイレギュラーなわけだ。年上の兄が実は生きていて帰ってきたところで今更王子達の呼び方を変えるのも面倒だし、ってことか」
「その件はしばらく先延ばしでしょうね。少なくとも、貴方の立場が公に認められるまでは」
俺は生まれた直後に死んだことになっているんだから数に数えなくてもおかしくはない。産まれた時期だって、国王が国王になる前の王子時代の子供だし。
けど、そうなると結構面倒なことになるよな。序列とかそういうの。
「まあ呼び方は別にどうでもいいけど……でも気を付けろって言っても、所詮は俺より年下なんだし、せいぜい十三歳程度だろ? まだ子供じゃん」
正直何かをしてくると言われても、俺の中では小学生か中学一年くらいのイメージだからどうしても警戒しづらいところがある。これが十五とか十六だったら高校生くらいだしまだ気を付ける必要があると思えるんだけど、十三だとな。
「それを言ったらあなたも子供になるんだけれど? ……まあ実際のところ、王子本人よりもその裏にいる貴族たちね。王子本人も気を付けるに越したことはないけれど。少なくとも、貴族という世界においての立ち回りのうまさや力はあなたよりも上よ。生まれた時からずっとそう教育されてきたもの」
「貴族的な力ね……」
王族本人よりも、その後援の貴族たちを気を付けろと。それに、貴族としての立ち回りのうまさか。確かにそれは俺にない〝力〟だ。
「一応言っておくけれど、下手に暴れたりしないで頂戴ね。武力で全部解決、なんて獣人みたいなことをしたら流石にかばい切れないし、陛下にも迷惑がかかることになるわよ」
「分かってるよ。人を何だと思ってるのさ」
「獣人の主でしょう? それと、これまでの生活を見た結果ね」
それを言われると何とも反論に困るんだけど。でも、獣人の主ってのを抜きにしてもちょっと戦いの多い日々だったかも?
「……まあ、戦いと武力での解決が多い日々だったかもしれない、かな?」
だとしてもそれって別に俺のせいじゃないだろ。元々は戦いのない世界で生まれ育ったんだし、その常識はまだ俺の中に残っている……はず。……少しくらいは。
まあ、何とかなるよ。社会人だった時のおぼろげな記憶をどうにか活かしていけば、多分いけるはず。
「王子や貴族のことは分かったよ。でも、ずっとここに籠りっきりってわけにもいかないだろ? それに、体を動かせなくて飽きたんだけど」
「まあ、そうね……安全のためとはいえ、部屋に籠りきりというのもよくないかしらね。少し考えてみるわ」
そう言ってライラは部屋から出ていったけど、まさかこのお願いのせいで後日大変な目に合うとは思いもしなかった。




