――ドラゴンブレス
「……俺は自由だ。竜だからな」
そう。俺は自由なんだ。誰かに言われて行動するわけではなく、自分の意志で行動し、生きる誇り高い存在。……そう、教えてもらったんだ。他でもない、誇りある偉大なドラゴン達に。そして誰よりも誇り高い……父親に。
「俺はあんたに言われてここを出て行くんじゃない。俺は俺の意思で出ていってやるんだクソッタレジジイ!」
出て行けと言われたから出ていくんじゃない。
誰かに言われたから何かをするんじゃない。
俺は俺だから。俺自身の意志でこの場所を出ていくんだ。
自分の人生は自分で決める。それが俺の……あんたの子供としてのプライドだ。
「ふ……ふかかかかかっ! そうだ。それでいい。それでこそ竜だ! それでこそワシらの子だ!」
バルフグランはそういって楽しそうに笑うと、俺と同じように空を飛び、俺たちは向かい合うこととなった。
動き出したのは同時。使う技も同じ。
示し合わせたわけではないけど、それでもこの状況で使うならこの技をおいてほかにない。そう思ったのは俺だけではなかったようで、なんだか嬉しくて口の端が上がってしまう。
ただ、ここから先は笑ってもいられない。これまでの集大成を見せ、これからは自分の道を進む覚悟を示すための一撃なんだから
「竜の息吹は避け得ぬ終わりをもたらす光であり――」
「己の誇りを貫き通す意志の輝きである」
バルフグランは大きく開いた口の中に、俺は正面に突き出した両手の前にそれぞれ光の玉を生み出す。
お互いに準備はできている。あとは打ち出すだけで終わる。……終わってしまう。
「ふかかか! 自由を謳うのであれば、お前の意志を通して見せよ」
俺の中のわずかな迷いを感じ取ったのか、バルフグランは笑いながら告げてきた。
……まったく、心配性でおせっかいな父親だよ。
バルフグランの言葉に自然と笑みがこぼれた俺は、改めてバルフグランのことを見据えた。そして……
「「――竜意顕現」」
お互いの宣言と同時に、光の玉が弾け、触れたものすべてを破壊する光線として正面に打ち出された。
打ち出された光線はお互いの中央で衝突し、鬩ぎ合う。
押されてはいないが、押せてもいない。互角、といえるんだろうが……光の向こうでバルフグランが笑っているような気がした。
それが気に入らない。こっちは本気も本気、今までで一番の全力でやってるんだ。それなのにあのジジイは最後まで余裕ぶって笑ってる。なんだったら「よくここまで成長したな」とか思ってるんじゃないだろうか。
そう思われるのも仕方ない。生きた年数、鍛えた年月が違うんだから。
でも、いつまでも子供扱いされてるのは気に入らない。
「――ほう」
光の向こうのジジイの声が少し固くなった気がした。どうやら驚かせることには成功したらしい。
直後、お互いの光線が衝突している箇所を中心として大きな爆発が発生した。
音と衝撃が周囲を蹂躙し、真下にある木々を爆風がへし折る。空には一切の雲がなく、鳥の一匹も飛んでいない。
「お前の意志、この身にしかと届いたぞ」
「加減しておいて何言ってんだよ、ジジイ」
そんな中でたった二人だけ空を飛んでいた俺とバルフグラン。俺たちはそう言って笑うと、地上へと降りて行った。
「ちょっとちょっと! 何やってんのよ!」
ジジイと共に地上に降りると、そこにはミューテリアスとドルドレイン、そして二人に守られた人間たちが俺たちを出迎えた。
……やばい。ちょっと感情的になって勢いに任せたせいで、人間たちのことをまるっきり忘れてた。
二人が……多分ミューテリアスの方だと思うけど、守ってくれなかったら俺の迎えに来たらしい彼女らが死んでるところだった。多分、彼女たちにはさっきの爆風とか戦闘の余波から生き残るすべはなかっただろうし。
「バルフグラン。こいつの成長を見るのが好きだってのは分かってっけどよ、ほんの二、三日前に戦ったばっかだろ。また森を壊してっと、他の奴らにどやされるぞ」
「いや、ジジイと戦ったのってもう二週間以上前だけど」
前回ジジイと戦ったのはだいたいそれくらい前だった。もしかしたらもうちょっと早かったかもしれないけど、まあだいたいそれくらいだ。少なくとも二、三日前なんてことはない。
「あ? そうだったか? いや、でも二週間前だろうと昨日だろうと対して変わんねえだろ!」
「変わるってば。相変わらずドラゴンしてるよね」
「おう! なんたってマジもんのドラゴンだからな!」
いやまあ、それはそうなんだけど、別に今は自慢するところではないような。どっちかっていうと呆れてるんだし。
「それで、なんでまたあなたたちが戦ってるのよ。それも、こんな状況で」
騎士達の方を見つめながらミューテリアスが問いかけてきたけど、まあ、事情を知らない二人からしたらわけがわからない状況だよな。ただ俺たちが戦ってるってわけじゃなく、この場所にしては珍しく人間がいるんだから。
俺がこの世界で意識を取り戻してから人間を見たことはないから、ざっと十三年はこの場所に人はきてなかったみたいだし。
「なに、そろそろこやつの旅立ちの時が来たというだけだ」
「……ああ、そう。そういうことなのね」
なんか、ミューテリアスのやつ妙に物分かりがいいな。そんなに簡単にジジイの考えって理解できるものなのか? それとも、もしかして以前から今回みたいな話をしていたことがあったとか?
「はあ? 旅立ちって何言ってんだバルグラン。こいつはまだ生まれてから十年しか経ってねえんだぞ。そんな百年も経ってねえ赤ん坊を外に出すってのか? ドラゴンには記憶のボケはねえはずだけど……もしかしてドラゴンで初めてボケたか?」
百年も経ったら外の世界じゃなくて世界の外に旅立つことになるよ。人間はそう長く生きられないんだから。
……いや、俺の見た目が年齢よりも若い……というか幼いことを考えると、この世界の人間は前世の時よりも長生きの可能性はあるんだったな。まあ、だとしても流石に百年もたってればそれなりにいい歳になってるだろうし、旅立つにしては遅いと思う。
「ボケてなどおらんよ。この子の父親が迎えを寄越したのだ。子は親の元に返さなければならん。それに、この子はもうすでに赤ん坊などではない。立派に育ったのだ。いつまでもワシらが守り続け、この森に縛り続けるわけにもいくまいよ」
別に、縛り付けられてるなんて思ってないんだけどな。
旅に出ることに納得したって言っても、それはこの場所が嫌だとかそういうわけじゃないし、離れることができない理由があって仕方なくここにいたってわけでもない。
「この子の育成に関しては全てバルフグランに一任されているわ。私たちが何を言ったところで無駄よ」
「でもよぉ……」
普段になく情けない表情でこっちを見ているドルドレイン。こいつがこんな顔をするなんて珍しいな。それだけ離れることを惜しんでくれていると思うと、こっちとしても決めたはずの覚悟が揺らいでくる。本当は離れたくないのは俺も同じなんだから。
「行くといい、我らが優しい子よ」
だが、そんな俺の迷いを払うためか、でっかくて凶悪な爪で優しく俺の背中を押した。
……わかってるよ。離れがたい気持ちはある。でも、旅に出ると決めたんだ。だからそんな不安そうな顔をするなよジジイ。




