初対面、あるいは再会
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父親との対談
数日の旅程を経て俺はついに目的地であるゲオルギア王国の首都へとたどり着いた。
使節団は一旦街にある宿に泊まって、後日登城するらしい。そんな彼らと分かれ、俺とライラは浸りだけで一足早く城へと向かうことになった。
「ここが城か……なんか小さい?」
他にもっと何か思うことはないのかとも思わないでもないけど、真っ先に出てきた感想がこれだったんだから仕方ない。
「どこをどう見てそう思ったのよ」
「いやほら、ガルのところの城より小さくないか?」
「あれは……あれは特別よ。仮にもドラゴンが移動することのできる大きさで作っているのよ。大きくなるに決まっているじゃない」
「それはそうか」
そんな何の意味もない無駄話だったけど、まったくの無意味というわけでもなかった。少しだけ、本当に少しだけだけど緊張していた心が今の無駄話で落ち着いたんだから、あれはあれで意味があったというわけだ。
「それよりも、行きましょう」
「行きましょうって、いきなり城に入れるものなのか?」
「ええ。既に伝令は出しているもの。正式に登城というわけではないけれど、城に入るだけならば問題ないわ」
そう言って歩き出したライラ。その後を付いていこうと歩き出したのに、不意に足が止まってしまった。どうしたというんだ。
いや、分かっている。緊張しているんだ。無駄話をしたから緊張がなくなったなんて、ただのやせ我慢でちっぽけな見栄でしかなかった。
これから父親に会う。それだけの事なのに、どうしようもなく緊張して……いや、怖い。
仕方ないだろう? だって今まで十数年間、俺は親に捨てられたと思って、親のことを嫌っていたんだから。
それが突然会うことになったんだ。緊張しないわけがないし、不安にならないわけがない。
今になって思うと、転移の事故でおかしなところに飛ばされたのは喜んでいたのかもしれない。先延ばしでしかないんだとしても、父親に……いや、自分の心に向き合わなくてもよくなったから。
そんな俺の様子に気が付いたのか、前を進んでいたライラが振り返った。
「どうしたの?」
「……いや、何でもない」
そう言って一度深呼吸をしてから再び足に力を入れて強引に動かすと、それからは止まることなく足を動かすことができた。そのことにホッとし、内心の不安を隠しながらライラの後を付いていく。
「ここよ」
「正式なものじゃないって言ってたけど、やっぱりあのでかい門を使うわけじゃないんだな」
「それはそうよ。あの門は基本的に行事の時にしか使わないわ。個人の移動だけならこういった裏口や、門の横の扉を使うのよ。今回の場合は扉と言っても正門にあるものを使ったら騒ぎになるかもしれないから、騎士用のところから入るけれどね」
ライラの先導で辿り着いたのは、表にあった大きな門ではなく、裏にある小さな門。小さな、と言っても馬に乗って入ることを想定しているのか、普通の家の扉に比べれば大きな門だけど。
そんな門の前に立っていた兵士、あるいは騎士の男がこちらに気づくと、目を見開いて驚きの表情を浮かべて駆け寄って来た。
「ボルフィール卿! お戻りになられたのですか!?」
「ああ。心配をかけたな。城に変わりはないか?」
「大きな異変は起きてはおりませんが……ボルフィール卿の行方が長いこと知れず、城内は少々面倒なことになっております。特に第三親衛隊は現在動きが取れない状況となっております。お気を付けください」
「そうか。ありがとう。気を付けることにしよう」
こんなふうに話しているってことは、ライラって本当にかなり上位の立場なんだな。
そんなことを想いながら二人のことを見ていると、話が一段落したからだろう。男はライラから俺へと視線を移すと、怪訝な表情でライラへと問いかけた。
「ところで、そちらの少年は……」
「ああ。彼は私の親戚だ。少々面倒ごとがあってな。城に連れてくる必要があったのだ。先に知らせは出しているから問題ない」
「左様でしたか」
訝しんでいたのにもかかわらず、ライラの関係者というだけで快く門の内側に入れてくれた。そのことに若干驚きつつも、当然のように進んでいくライラの後について門の奥……城の敷地内へと入っていく。
「ライラって、結構有名人なんだね」
「これでも一軍の将だもの。騎士の中では私の名前と顔を知らない者はいないはずよ」
「へえ……まあそれはいいとして、平気なの? 第三親衛隊って、多分ライラの部隊でしょ?」
なんだか問題があるようなことを言っていたけど、当然の話だろう。何せトップであるライラが行方不明となっていたんだから。ただ普通はそれだけで機能不全になったりはしないと思うんだけど、でも動けない的なことを言っていたし……大丈夫なんだろうか?
「そうね……何事もなく、とはいかないかもしれないわね。だから、何か起きる前に最速で陛下に会わせるわ。あなたさえ会わせてしまえば、あとはどうとでもなるもの」
「既成事実を作ってしまえってことか」
会う前なら俺をいなかったことにできるけど、会ってしまえばいなかったことにはできないから、何か仕掛けてきそうな奴がいてもやってくることは限られるってわけだ。
「まだ邪魔しようとしてくる勢力はいないかもしれないけれど、邪魔をしてくるとなれば相当面倒なことになるもの。でも、あなたが王の子供だと認められれば、大半の妨害は意味をなさないわ。少なくとも、今すぐ何かがある、ということにはならないでしょうね」
けど、何かあることは確定してるのか。そう思うと今から気が滅入ってくるけど、まあこれに関しては覚悟していたことだ。少なくとも、父親と会うことに比べれば大したことじゃない。
そうして道中で何人かの騎士や貴族らしき者達とすれ違いながら進み、ついに目的の部屋に辿り着いた。
「ボルフィール卿!? 戻られたのですね!」
「ああ。そのことでお話があるのだが、陛下はおられるか?」
「は、はあ。しかしながらいかに卿と言えど事前に取り次ぎのない方は――」
「――よい。通せ」
部屋の前に待機していた騎士とライラが話をしていると、部屋の中から鋭さを感じさせる声が聞こえてきた。どうやらこの声は部屋の主のもので、この部屋は国王の私室なのだから国王のもの。そして、俺の父親の声というわけだ。
「……ハッ!」
短い返事と共に騎士が扉を開け、ライラがその中に入っていく。
この部屋の中に父親がいる。そう思うと一瞬足が止まるが、立ち止まることはしない。
「陛下。不手際により長期間にわたりこの地を離れておりましたが、第三近衛騎士団団長ライラ・ボルフィール、ただいま帰還いたしました」
「……よく戻った。お前の配下からの情報によると、貴族どもの罠に嵌められたらしいな」
「貴族の罠? ……まさか、あの転移の魔法具が?」
「そのようだな。出立前に与えられた装備に細工をしたらしい。万が一にでも、お前が結果を出さないようにしたかったのだろう」
「なぜそこまで……」
「大方、お前達に成果を出してほしくなかったのだろう。死地に赴き王族の遺品を回収するなど、親衛隊の成果としては十分すぎるものとなるからな」
「遺品の回収に関してですが……」
「お前の部下から報告は受けている。それで……その者が?」
「はっ。ドラゴンが生息する森にて、ドラゴンに拾われ育てられておりました」
「そうか……」
目の前で行われている会話に割り込むことができず、二人のことを眺めていると、不意に男……国王の方が立ち上がりこっちに近づいてきた。
逃げることはできない。目を逸らすこともできない。反応することも、声を出すことすらもできない。
何をどうすればいいのか、どうすべきなのか、何もわからず動けない。
そんな俺を見て何を思ったのか、国王は俺の前にしゃがみ込むとまっすぐ俺の顔を見つめてきた。
「同じだな。あいつと同じ目だ」
一言。俺を見ながら吐き出された言葉は、でも俺を見ていないような気がした。
「……名はなんという」
「……グラン、ディール……です」
問いかけられてようやく口が動く。乾いた喉がかすれた声を絞り出し、何とか名前を答えることができた。
「そうか。――すまなかった……すまなかった。危険があることは分かっていた。あの時連れていくべきではないとも考えたのだ。だが結局俺はお前達を連れていくことにした。そして……」
突然謝りだした男の眼は、そこでようやく俺のことを捉えたように思えた。
「ありがとう。ありがとう。生きていてくれて、ありがとう」
この人は俺の父親だ。父と呼んだ方がいいのだろうと頭では理解しているけど、それでも父と呼ぶことができなかった。
嫌っているわけじゃない。認めていないわけじゃない。それでもただ、何と声をかけていいのかわからず、ただただ感謝してくる言葉を聞き続けるだけだった。




