心に誓う
戦いが終わった後処理があり、それが終わったら宴がある。
敵の死体をかたずけ、生きている者は治療して奴隷として仲間に加えた。治療と言ってもここには回復系統の魔法が得意なものは少ないどころかほとんどいないし、敵兵の中にはそのまま死んでいくものもいるだろうとのことだ。
まあそれはいい。いや、よくはないけど、それでも戦争――殺し合いだったんだ。相手だって死ぬ覚悟があって挑んできたはずだし、こっちだって殺すつもりで攻撃したんだから死んでも仕方ない。
だからそんなことじゃなくて、今の俺の悩みは別のことだった。
「勝ったのに暗い顔をしてるな、主」
「リラか……」
戦勝祝いの宴を開いている中で、俺はみんなの騒ぎを眺めつつ空虚な笑みを浮かべながら考え事をしていた。
そんな俺の様子を察してか、エラ・リラが声をかけてきた。……丁度いい機会かもしれないな。
そう思い、俺は自身の心のうちにあった悩みを解決すべくエラ・リラに問いかけた。
「なあ。あいつらに与えた罰で死んだ人達の名前を教えてくれ」
だが、俺の問いかけを聞くなりエラ・リラは眉を顰めてわずかに視線を逸らした。
「……戦士である以上、死ぬことは覚悟の上だったんだ。主なら……お前ならあんな罰として伝令なんて出さずともすべて一人で片づけることができただろうが、それを悔やむことは戦士たちへの侮辱になるぞ。感謝と共に笑って送るのが最大の褒美だ」
「お前たちの理屈ではそうかもしれないけど、だからって死んだ人の名前すら知らずにいるのは違うだろ。もうどうすることもできないし、罰を与えて送り出したことを悔やむつもりもない。それでも、自分の命令で戦い、死んだ人のことを知るのは悪いことじゃないだろ。戦いを強制された名前も知らないどこかの誰かじゃなく、俺の……王の命令を受けて戦った戦士として覚えておきたいんだ」
今更彼らの行為は無駄だったなんて言うつもりはない。あれは彼らにとって必要な儀式だったんだから。
だけど、それはそれとして、自分が命じて死んでいった者達の名前すら知らないなんて事は認められない。覚えていないのではない。そもそも知らないのだ。そんなことあっていいわけないだろ。
俺は知らなくてはならないんだ。自分の言葉一つで誰が死んでいったのかを。その顔も性格も人生も、何も知らなかったとしても、せめて名前だけは知っておかなくてはならない。
「……全部で九人だ。ゼレ。クロ。ミーシャ。ラオ。セラ。ロック。フィオ。ラル。ダートン」
エラ・リラは言いづらそうに少し迷いながらも、それでも結局は死んだ者達の名前を教えてくれた。
「九人……そっか。……俺は、死んでいった人たちのために泣くつもりはない。俺は竜で……あいつらの王だからな」
「ああ。それでいい。お前はあたしらの王なんだ。戦士の死を悼むのは良いが、人前で泣いて弱さを見せんな」
「……王様って、強いんだな」
悲しんだとしても泣いてはいけない。弱気な姿を見せてはならない。それはとても孤独で、辛い人生だろう。
どれだけの覚悟があれば、そんな人生を送る決断ができるのか。
どれだけの信念があれば、そんな人生から逃げずにいられるのか。
俺は王ではない。でも、この村の獣人たちの主ではある。
そう遠くないうちにこの場所を離れるとしても、その事実は変わらない。
王ではなくても、他者の命を左右する立場であることに違いはなく、弱さを見せてはいけないということも変わらない。
これからそんな人生が待っていると思うと、心がぐらつく。
「今にして思うと、あたしは負けたかったのかもな。……その立場から逃げるために」
「負けて相手に全部押し付けようって? ……その押し付ける相手にこんな子供を選ぶなんてどうかしてるんじゃないのか?」
「お前みたいな子供に負けたのは偶然だっての。……でも、それでもお前は全部受け止めただろ? つまりあたしの眼は間違ってなかったってことだ」
「そうもはっきり言われると、何とも反論しづらいなぁ」
そんなふうに冗談じみた会話をしているが、お互いの言葉はすぐに止まってしまった。
「「……」」
俺達は二人とも何を言うでもなくただ村の様子を眺め続けた。
戦いに勝って喜んでいる住人達。今回の戦いでこちらの脅威は十分に知らしめることができただろう。あれだけ完膚なきまでに倒されれば、報復行為はしばらくはないはずだとエラ・リラは言っていた。
自国のナンバーツーともいえる戦士が死に、精鋭の戦士たちも怯えて逃げ出すほどの強さを持った〝化け物〟。そんな奴が率いる村になんて、普通は攻め込まない。特に、今の人間文化かぶれのルーガル国は絶対に襲ってこないだろうとのことだ。
だから、あと少し様子を見て、それで何もなければ俺は次の大陸……というか、元の大陸に向かってもいいだろう。港の基礎もある程度形になって来たらしいし、あとは獣人たちに任せておいて問題ないだろうとライラから聞いている。
工事もルーガルの件も、何事もなければいい。そんなことを考えていると、隣に座っていたエラ・リラが突然立ち上がり、俺の目の前にくるとその場で跪いた。
「我らの主。強き王。我らは自らの意志で王を選ぶことはできず、力の理に支配されている。けれど我らは我らの王が貴方であったことを喜ばしく思う。貴方が我らの王でいる日が永遠に続くことを願っている」
「……何少し真面目ぶってるんだよ」
普段とは違い突然真面目な態度で話し出したエラ・リラを見て、俺の口からは無意識のうちに逃げるように冗談めかした言葉が出ていた。
だけどエラ・リラの視線は変わらずまっすぐ俺のことを見つめていて、その眼を見てしまえばもう逃げる事なんてできなかった。
「重いなぁ……ほんと、すごく重いよ」
自分の決定一つ、言葉一つが誰かの命や人生を左右する。その事実がたまらなく重い。
それでも逃げるわけにはいかないんだ。
その想いを心に刻むため、目を閉じ、深く深く息を吐き出した。
「――エラ・リラ。俺はここを出ていくよ。多分、そう遠くないうちに。しばらくは戻ってこないと思う」
再び目を開いた後、俺はエラ・リラのことをまっすぐ見つめ返して告げる。
エラ・リラもそのことは理解しているようで、引き留めることなく頷きを返してきた。
「ああ。こっちのことは任せろ」
「頼んだ。どれくらいかかるかは正直言ってわからないけど、状況が落ち着いたらまたこっちに戻ってくるから。だから、命令だ。俺がここを離れている間、住民達のことを全力で守れ。街や港なんてのは最悪捨ててもいい。壊れたってまた作り直せばいいんだから。でも命はそうはいかない。だから、全力で守るんだ」
「その命、命に代えても果たしてみせよう」
俺はこいつらの主ではあるけど、こいつらとずっと一緒にいるわけではない。
こいつらの住むこの大陸を離れて自分の故郷である大陸に戻っていくし、多分そのままそっちで暮らすことになるだろう。
それでも、こいつらの主であることも変わらない。
俺が何をどこまでできるのかわからないけど、それでもこいつらが死なず、笑っていられるように最善を尽くそう。
そう自分の心に誓った。




