戦士の誇りは壊せない
「貴様は……そうか。貴様が例の裏切りを先導した人間か。先に出した一部隊を倒すことができたからと言って、調子に乗っているようだな。まさか貴様のような子供に負けるなど……それほどまでに弱かったのか。我らに比べれば弱くとも仕方ないと見逃してきたが、これは軍の再教育が必要かもしれんな」
敵の王子は最初俺のことをいぶかしげに見ていたが、すぐに俺がバルザック達を下して新しく主になった存在だと気づいたのだろう。忌々し気な視線を送って来たかと思うと、すぐに喜色に満ちた笑みに変わった。
気に入らないけど、戦いの場に俺みたいな子供が出てきたら誰だってそうなるだろう。特に、獣人たちの戦士って大半が筋骨隆々のゴリラだし。それに対して俺の見た目はただのガキだ。精々少し鍛えている子供程度のもの。実際年齢的には子供だし仕方ない。
でも、この世界には魔法があるんだから相手が子供でも魔法を使って攻撃をしてくるかもしれないと考えないのか、と前にエラ・リラに聞いたことがあるけど、その場合は魔法を使わせる前に殴り飛ばせばおしまいだ、というようなことを言っていた。確かに普通の魔法使いは魔法を使う際にタメがあるし、獣人の速さはかなりのもいのだからそれもできるのだろう。
そんなわけで、こいつらの考えとしては俺の肉体的な強さは言うに及ばず、魔法使いだろうと関係ないと思っているんだろう。
「ひとつ告げておこう。勘違いしているようだが、貴様が倒した者らは我が国において強者ではない。真の強者とは国を統べる王であり、その子である我らのことを言うのだ。そのことを理解できず、リラの姫の口車に乗せられてこの場に出てくることになったという事実は哀れみさえ覚えるな。だが、真の強者とは強さと共に慈悲も兼ね備えているものだ。我らの強さを知らずに踊らされている道化を哀れみ、見逃す程度の度量は――」
戦力差があるんなら、最初から戦わずに降伏を受け入れろ。そう告げるのは戦争における軍の行動としては正しいのだろう。
でも俺は、その言葉が……態度が気に入らなかった。
「言葉で相手を下そうとするなんて、随分と人間に染まったんだな」
「なに?」
獣人は言葉ではなく拳で語る。策を巡らせるのではなく気合で突き進む。そんな種族だ。
馬鹿馬鹿しいと思うけど、それが獣人だ。少なくとも、うちの奴ら……俺の仲間たちはそんな馬鹿馬鹿しさを大真面目に為している。きっとそれは、そんな馬鹿馬鹿しさが獣人にとっての信念であり誇りだからだろう。
それなのに、こいつらはどうだ。拳ではなく言葉で下そうとするその振る舞い。お前らの誇りはどこに行ったんだよ。
「――戦うことなく相手を見下すなどという戦士にあるまじき行為! 我々は、戦士としての矜持を失った飼い犬どもに降伏することはない!」
確かに人間の暮らしを学び、取り入れることは便利な暮らしをすることができるだろう。効率的に勝利を重ねることができるだろう。
それでも、誇りも信念も捨てた人生に意味はあるのか? それは本当に〝生きている〟と言えるのか?
――そんなことはない。
利便性の果て、効率化を求めた世界で生きて、ただの歯車、道具として死んでいった俺だからこそ言える。
不便でも、非効率でも、馬鹿馬鹿しくてくだらないものだとしても、それでも誇りは捨ててはいけないものなんだ。
「――叩き潰す」
挑発するように指を突きつけ、はっきりと宣言する。それだけで敵も味方も大盛り上がりだ。
もっとも、味方から聞こえてくるのは歓声で、敵から聞こえてくるのは怒声だけど。
「飼い犬だと!? 貴様……彼我の差を理解できず、己の分を弁えない愚か者め! その言葉を後悔したところで遅いぞ!」
よほど俺の言葉が気に入らなかったようだが、まあそうだろうな。敵の王子は憤りを露わにして叫び、持っていたハルバートを掲げた。
「射撃隊、放て!」
「だから、そこで直接殴り込んでこない時点で戦士じゃないだろ」
本来の獣人の戦い方ではないからだろう。後ろからエラ・リラとライラ、そして村の戦士たちが驚いている空気が伝わってくる。
そういうところが誇りを捨てたって言ってる理由なんだよ。
少なくともうちの村にいるエラ・リラを筆頭としたバカどもは頭を使わず、小細工もせず、全力で突っかかってくる。突っ込んでダメならさらに力強く突っ込んでいけ、って感じで。
バカみたいな話だ。弱いから負けるんだったら、さらに強く突き進もうだなんて、作戦として破綻している。脳筋ここに極まれり、だ。まともに勝とうとするなら、むしろルーガル国の奴らのような戦い方を模索するべきなんだろう。
でも、そんな愚かしい戦い方が、そのバカげた考え方が、とてもかっこいいと思うのは俺もバカだからだろう。
自分の信じた道を突き進む。それは誰にでもできることで、誰にもはできない事。少なくとも、以前の俺にはできなかった偉業だ。
俺をめがけて飛んでくる魔法と矢を見ながら、一度だけ深呼吸をする。
「ドラゴンは決して逃げない。すべてを受け止め、すべてを打ち砕く故に」
正面に〝角〟を展開し、俺をめがけて飛んできていた魔法も、少し狙いをそれて後ろに流れていた矢も、全てを巻き込み一本の巨大な嵐の槍を作り出し――放つ。
まさか攻撃の全てを返されるとは思っていなかったのか、敵は何もすることができずに〝角〟の一撃を受けて陣形に穴を空けた。
「な、なんっ……!? い、いや、まだだ! 敵は魔法使いだ! 魔法を使われる前に近づいて殺せ!」
僅かに混乱した敵軍だったが、流石にずっと呆けているような間抜けではなかったようだ。すぐに気を取り直すと王子は命令を下し、敵の騎士たちが一斉に駈け出した。
「ドラゴンの言葉は軽くない。自身の魂に誇りを宿している故に」
魔物に乗った騎士たちがこちらに向かって駆けてくる。
それでも怯えることなく右手を大きく後ろに引き、その先に展開した〝尾〟を叩き付けるように横に薙ぐ。
それだけで敵の騎士たちは吹き飛ばされ、騎馬から落下していく。
攻撃の範囲外にいた者たちも突然の状況に慌てて止まろうとするが、すぐに止まることはできずに後ろに押されるなどして落馬していった。
それでも獣人。今の一撃では死んでおらず、まだ多少なりとも戦士としての誇りがあったのだろう。倒れていた戦士たちは全員立ち上がり、再び攻撃を仕掛けてきた。
だが、その陰で逃げ出している臆病者たちもいる。
「ドラゴンはいついかなる時も臆さない。たとえその相手が――世界の全てだとしても」
一歩。敵の将である王子の許へと向かうために踏み出しながら周囲に威圧を叩き付ける。
それだけで逃げ出そうとしていた敵は足がすくんで動けなくなり、その場で膝をついてしまった。
しかしドラゴンの威圧を受けながらも、それでも諦めない強者もいる。絶対に敵わないだろうことくらい理解しているだろうに、それでも獰猛な笑みを浮かべながら武器を手に、あるいは武器などなくとも拳を握り、こちらの命を狙って襲い掛かってくる勇者達。
そんな彼らに対する礼儀として、ただ薙ぎ払うのではなく〝爪〟を用いて斬り捨てる。
加減はした。でも殺してもいいという気持ちで放った一撃は、村の住人達であればそのまま本当に死んでいたであろう威力を秘めていた。
にもかかわらず敵の戦士たちはまだ息がある。身に着けている装備の影響だろうか。おそらくは何かしらの魔法的な効果がかけられているんだろう。
死んでいない。でも死にかけの戦士たちを無視して敵の将である王子へと近づいていく。
「な、何なんだ貴様は! なぜこんなことが……なんだこの強さは!」
「強さは強さだろ。お前が思っていた強さよりも〝上〟があったってだけの話だ」
井の中の蛙、という奴だ。世界は自分が思っているよりもずっと広いというだけ。獣人最強なんて、生物最強のドラゴンと比べればまだまだ弱い。そのことを理解しないで強さを語るなんて間違いだったというわけだ。
「それで、どうする?」
「な、何がだ……?」
「何がって……そのまま震えているだけなのか?」
連れてきた部下は全員倒れ、あるいは動けなくなり、残っているのは意図的に威圧から除外した王子と俺だけ。
だが、俺と向かい合っている王子は武器を手にしながらも構えることなく震えている。武器も、持っているといってもギリギリ手に引っかかっているだけといった方が正しいようなざまだ。
部下の中には、まあ逃げ出したのもいたけど立ち向かってきた勇者たちがいた。本物の戦士たちがいたんだ。そんな彼らを纏め、率いる立場であるこの男が、このまま震えたまま終わるなんて、そんなのは戦った戦士達に対する侮辱に思えてならない。
「お俺はあ! 獣人たちを纏め、率いる王の子だ! こんなところで死ぬなど……あ、あり得ないだろ! くるな! うああああぁぁあぁああっ!」
引け腰のまま、怯えによって振り下ろされたハルバート。その刃はこれまで訓練して来た成果なのだろう。狙いは正確に俺の頭へと振り下ろされた。
でも――致命的に軽い。
「最期まで戦士の誇りを思い出すことはできなかったか」
〝牙〟を宿した腕で掴み、刃を嚙み砕く。
「ドラゴンの――いや。〝戦士〟の誇りは、誰にも汚すことはできない。我らは〝戦士〟であるが故に」
「あ――がふっ」
武器を破壊した後はそのまま〝牙〟で鎧ごと貫く。胸を貫かれた王子が俺の顔を見つめてくるが、その眼には最後まで怯えの色が映っていた。
敵将を倒したことで戦いは終わりとなった。〝牙〟を消し、威圧も解いて王子の胸を貫いていた腕を引き抜くと支えを失ったことで王子の体は倒れそうになるが、反射的にその体を受け止めたことで倒れずに止まった。
……まあ、戦士ではなかったけど、死んだ後まで貶めるほどの相手じゃない。ただ、戦士ではなかった、というだけなんだから。
敵の将である王子の死体を受け止めながら大きく息を吐くと、それを隙だと思ったのか先ほどまで威圧されていて動けなかった者達が一斉に逃げ出し始めた。
逃げ出そうとして、でも威圧されて動けなかったんだから、動けるようになったら逃げるのは当然のことだ。当然のことではあるんだが……気に入らない。
王子の死体を置いて、逃げた敵を追いかけようと追いかけようと思ったが踏みとどまる。そして翼を生やして空を飛び、後ろで待機していた村の戦士達に振り返り話しかける。
「あいつらはお前たちの平穏を壊しに来た敵だ。だが戦士ではない。命を懸けて戦い、負けたにもかかわらず、俺に従わずに逃げ出した卑怯者だ! なら加減なんてする必要はない!」
逃げ出した敵の数は二百人と言ったところ。俺一人でも倒すことはできたけど、それだと〝みんなで守った〟という実感はわかないだろう。戦いの後始末ともいえるような戦いだけど、それでも自分達の手で敵を倒したという実感があった方が今後のためになるんじゃないか。そう思い直し、逃げ出した敵の処理は村の住人達に任せることにしたのだ。
「そろそろ出番が欲しいだろ? 今のお前達ならたとえ相手が軍人であろうと――全員狩り殺せ」
そんな言葉を聞き終えると同時に村の住人達は走り出し、逃げた敵を追いかけていった。
中にはそれで反撃を受けて傷つき、死ぬものもいるかもしれない。
追い払うことができたのなら深追いはせずにいるべきなのかもしれないが、多分獣人たちにとってはこれで間違っていないだろう。
結局、少しの不安はあったものの、村の住人は多少の傷はあれど誰も死ぬことなく敵を殲滅して戻って来たことで戦いは終わった。




