俺が売られた喧嘩だ
今日でエラ・リラが予想していた五日が経過したわけだけど、どうなる事やら。
そう思いながら村の外で警戒している者達の許へと向かった。
「今日で五日。……状況はどうなってる?」
昨日あたりから村からそう遠くないところに誰かがいるのは気づいていた。それが偵察なのかはわからないけど、その集合している場所からこっちに来ようとはしていなかったので普通に敵の戦士が集まっているのかもしれない。
ただ、その総数がよくわからない。人の気配が大きくなっているのは分かるから人数が増えているんだろうってことは分かるけど、今はいったいどれくらいの人数になっているんだろうか?
「ここから少し離れたところに敵が集まってる。数は大体三百くらいだ」
「三百? 思ったよりも少ないな」
これだって一応戦争なんだし、千とか万とかそういう単位で集まってくると思っていたのに……たった三百か。
これは俺達が侮られているからか……でも当然か。多少強いと言っても、所詮は村なのだ。裏切り者が出たと言っても相手が村程度の規模なら、それほど大きな部隊を送る必要はないと考えても仕方ないだろう。
「そうか? 普通はそんなもんだろ。むしろ、いつもより多いくらいだ」
「もともと獣人は人間みたいに大きな国を作ってまとまっているわけではないもの。軍だってその集団――国の大きさに比例するのは当然でしょう?」
なんて思っていたんだけど、どうやらここでは三百程度であってもかなり人を送ったほうらしい。
ライラの言うように、この国は国とは言っても人間の国とは違う。確か集落を一か所に集めたような首都があり、一応国としてまとまっているけどどちらかというと〝集落連合〟と呼ぶ方がふさわしいような集団だと聞いている。そんな形態だから動かせる戦士――軍人の数が少ないのかもしれない。
「ああ、そっか。国を相手にする戦争、って気分でいたから何万とか倒さないといけないと思ってたけど、そうだよな。国民全員が戦士として前線に出てくるわけでもないだろうし、そんなもんか」
「それに、一人一人が人間の兵士十人分に相当するとまで言われているから油断はできないわよ」
そうか。この世界だと一人の力は=一人分じゃないのか。一人で百人分の戦果を出すことができる世界だし、実際に俺は一人で敵の全てを相手にするつもりでいた。だから表面上の数字は何の意味もなさないわけだ。
「十人分の戦力が三百人で合計三千人分の戦力ってことか。まあそれでも少ない気はするけどな」
俺を相手にするつもりならその三倍は持ってこい……なんて気取るつもりはないけど、それでもバルザックと同程度の実力しかない者達が来ているなら、全然足りないと思っている。
「だけど、油断はするな。あいつらの中にはあたしに匹敵するくらいの力の奴がいる」
相手の数を聞いて油断している俺をいさめるように、エラ・リラがいつもより固い声音で忠告して来た。
「あなたに匹敵って……それってかなり地位のある者なんじゃないかしら?」
「そうだな。王が自らの手で育てている特別戦士団だ。匹敵とは言ったけど、実際にはあたしの方が強いけどな。……でも、警戒するに越したことはないはずだ」
エラ・リラがそうまでいうほどの相手か。エラ・リラよりも弱いって話だけど、相手が姫だから加減してたってことは普通に考えられる。
それでも負けることはないけど、被害を大きくすることになる可能性は十分に考えられる。村を守るために戦うんだから、村に被害を出さないためにも油断なく戦いに臨むべきだろう。
「っ! ……動き出した」
「そうか。なら、もうすぐ来るんだな」
まだ視界内にはいない。普段通りの平原と森の景色が存在しているだけだ。
でもそんな中でもエラ・リラは敵の動きを感じ取ったようで、警告しつつ自身も警戒した様子で毛を逆立てている。
強さという点ではまだまだ俺の方が上だけど、こういう察知能力はエラ・リラの方が上なんだよな。これはもう種族的な才能なんだろう。
それを少し悔しいと思うけど、今この状況では頼りになる事は間違いない。
一度息を吐いて意識を切り替えると、近くにいた警戒担当の村人に戦士を集めるように伝えた。
伝令役を命じられた村人はすぐに動き出し、村へと駆けていった。すぐに動くことができたし、この感じなら敵が近づいてくる前に戦士たちを集めることができるだろう。
「敵は三百、こっちは三人。百倍の差って、普通なら戦うことを諦める差じゃないか? 村人たちの中から戦士を動員しても全部で百人程度。三倍の差はあるぞ」
「騎士団であれば、そもそも戦うという発想にはならないな」
純粋に感じた疑問を口にしてみると、剣を手にして戦闘時のものへと変わった口調でライラが答えた。
「ハッ。軟弱な奴らだ。人数の差なんて、実力で叩きのめしてぶちのめせば関係ないだろ」
「野蛮だな……」
いつも通りと言えばいつも通りだけど、こんな状況でも対立する二人には苦笑するしかない。
「でも、その野蛮なことを今からするんだけどな」
なんて話をしているうちに、俺の眼にも敵の集団の姿が見えた。三百人程度と侮っていたし、戦争として見れば少ない数なのだろうけど、自分に向かって迫ってくるとなると思ったよりも圧を感じるな。
「ルガール第二剣、『剛犬』のホー・ラヌだ! 我らが王の命に従い、お前達を討ち倒す! 戦士がいるのならその本懐を遂げよ!」
村から少し離れたところに立って待ち構えていた俺達と、先ほどの伝令で集まった戦士たち。そしてそれよりも少し……百メートルほど離れたところで敵の一団は止まり、一人の豪華な装備を纏った獣人が進み出てきた。
あれは……犬の獣人だろうか? なんだか体格がゴリラみたいに筋骨隆々な感じになっているせいで、犬には見えないけど耳と尻尾の形からしてそうだろう。多分。
「第二剣? それってどのくらいの立場なんだ?」
「簡単に言えば王子だ」
「……王子? 王子って、王の子供って意味の王子だよな? なんでこんなところに?」
「あたしらは王族でも普通に戦場に出てくるぞ? 特に、裏切り者なんかが出たら王の威光に影響が出てくるからな。王族が叩き潰すことで問題ないことを示すんだ」
まあ部族全体が戦士であり、力を重視するのならそうなるのか。力がある強いものだから王になる事を認めているんだし、その権威を示すには力で敵をねじ伏せるのが最も効率的か。
「へえー、でも王様本人は出てこないんだな」
王様本人が出てこないのは理解できる。獣人はいろんな種族や集落の寄せ集めの国だとしても、それでも王は王だ。統治する者がいなくなったら国が亡ぶ可能性があるんだから、そう簡単に前線に出ていくわけにはいかない。たとえどれほど強い王だとしても、絶対はないんだから。不意打ちや事故を警戒しないわけにはいかない。
「それに今の相手の言葉ってさ、要は戦士は戦って死ねってことだろ?」
第二剣と名乗った王子の言葉は、要約するとそういうことになる。なんとも傲慢なことだ。
「そうなるな。もちろん戦って生き残る権利を勝ち取れ、って意味ではあるが、これだけの戦力差だとあたしらが負けると思っているものだろう」
「つまり舐められていると」
でも、それも仕方ないのかもしれない。いくら個人の戦力が重要になると言っても、流石に三倍の戦力を連れているなら数が少ない方は厳しい戦いになるだろうし、それが普通のことだから。
しかも向こうは戦士として厳しく訓練して来た精鋭部隊で、こっちはただの村人集団。しかもどこから来たのかもしれない人間に負けて支配されたような雑魚の集まり。相手方からすればそう見えるものだろう。
「まだだ。まだ待て。俺はお前たちの王になることを決めた。そしてお前達を守ると決めた。そんなお前達を倒すというのなら、これは俺が売られた喧嘩だ」
舐められている、と聞いて、最初の伝令で集まって来ていた戦士たちはそれぞれ怒りを露わにし、闘気や殺気を漲らせている。
でも、まだだ。まだお前達の出番じゃない。
「よく見ておけ。お前達が王と仰ぐ奴がどれだけ強いのかを!」




