竜魔法が真似された
「あれから数日たったけど……あいつら大丈夫かなあ?」
村の連中に稽古をつけて、用意された家で休み、二三日に一回船に戻って状況の確認をする、という日々を過ごしていたある日、俺はふとそんなことを呟いた。
「あいつらって、この間侵攻して来た奴らのこと?」
答えてほしくての問いかけではなかったけど、そばにいたライラは律儀にも反応してくれた。
「うん、それ。あいつら、自分の主だった王に裏切り報告しに行っただろ? 敵の戦力がどの程度か知らないけど、普通ならほぼ間違いなく殺されるんだろう?」
罰を受けるためと言って去っていった元敵の騎士達。そんなことをすれば最悪死ぬことになるだろうと分かっていながらも笑いながら国に戻っていった。
戻れば裏切り者として処理されるであろうことを理解しながら。
「そうねぇ……殺されないとしても、牢獄行きは確実ね。その後に尋問と……処刑があるわね」
「その場で殺されないってだけで、結局殺されるじゃんそれ」
「仕方ないわよ。それだけ裏切りという罪は重いもの」
「そうだろうけど……でも自分の命令で誰かが死んだかもしれないと思うと……重いな」
勝手に裏切ったとか、反乱軍に所属しているとかなら仕方ないと割り切ることもできるけど、あいつら自身が進んで罰を受けようとしたとはいえ、最終的にその命令をしたのは俺だ。
あの獣人の騎士たちは元々は敵だった。負けて俺の下につくことになったと言っても、その出会い自体はごく短時間のものだ。それでもその罰を告げたのは俺であり、部下になるために必要なこととして告げたんだから、その責任は俺に来る。
多分全員が無傷で帰ってくることは無理なんだろう。でも、できる事なら死んでほしくないとも思う。
「人の上に立つ以上はどうしたってそういう経験をすることになるわ。あなたはこれからそう言う立場になる……いえ、もうそういう立場なのよ。少なくとも、この場所にいる限りはね」
そして、元の大陸に戻ったとしても、きっと俺はそんな立場になるんだろう。
あるいは、だからこそライラはここで留まることを選んだのかもしれない。将来的な立場や、城に戻るにあたっての成果よりも、俺に自分の立場を理解させて意識を変えるために。
「正直、リラの頼みを聞いてあの村を纏めることを甘く考えてたんだろうな。状況に流されたっていうのもあるけど、やっぱり覚悟が足りなかったんだと思う」
覚悟はしたつもりでも、自分の命令によって誰かが死にに行くっていう経験は思いのほか精神にくるものがある。
「……今からでも逃げたい? できないわけじゃないわよ?」
「……やだ」
出てきたのはそんな子供っぽい言葉だった。
でも、まごう事なき俺の考えだ。
こんな誰かに死ぬことを命じて自分はその結果を待っているだけなんて、辛いし嫌いだ。でも逃げるわけにはいかない。たとえ最初の覚悟よりもずっと重く苦しいことが起きたんだとしても、ここで逃げ出した方がもっと辛いと思うから。
「覚悟が足りなかったのは事実だし、意地になってる部分があるのは理解してるけど、それでも自分でリラたちの主になるって決めたんだ。ここで意地すら張れずに逃げたらかっこ悪いだろ」
「かっこ悪いから、なんて理由で退かないなんて……男の子ね」
「男なんていくつになってもそんなもんだよ、多分ね。意地を張れなくなったらおしまいだよ」
武士は食わねど高楊枝、なんて言葉があるくらいだ。きっと昔から人間は格好つけるのがすきな生き物なんだよ。
色々と思うところはある。でもそれらを隠して何でもないように笑って見せると、ライラは俺のことを見つめたまま黙ってそれ以上何も言わなかった。
きっと、俺の拙い作り笑顔なんて貴族として腹の探り合いをしてきたライラにとっては、児戯と言ってしまえるようなものだろう。それでも何も言わなかったのは、俺の意を汲んでくれたからだと思う。
「意地でもプライドでもいいけれど、そうすると決めたのならそれなりの仕事はしないとよね」
「分かってるよ。でも俺の仕事って特にないだろ? せいぜい戦士や戦士志願者たちと手合わせをするくらいじゃん。他の仕事はやらせてくれないし」
設計や航海ルートの設定なんかは難しいかもしれないけど、重いものを運んだり地形を変えたり、周囲の危険な魔物を倒したりするくらいなら俺でもできる。それに、書式や常識が違うだろうから多少手間取るかもしれないけど、前世では会社員をやっていたんだから書類仕事くらいならできると思う。
「あなたは一応彼らの長なのよ? そんなあなたが雑務をしていたら、他の人達が気を使うでしょ。それに、その手合わせだって十分に役に立っているわよ。実際、彼らも十分強くなったじゃない」
「まあ、うん。確かに強くはなったけどさ。……ちょっと短期間で強くなりすぎじゃないか?」
「それは……そうね」
俺達は歯切れ悪くそう言いながら、この村で俺が稽古をつけてきた連中のことを思い出した。
あいつら、最初はそれほど強くなかったのに、今では大分強くなっている。強くなってしまっている。
いやまあ、稽古をつけることで村の住民達が強くなることを望んではいた。というか、それが目的で稽古をつけていた面もあるし。
でも、流石に強くなり過ぎだと思う。
その事はライラも思っているのか、どこかバツが悪そうに視線を逸らしている。
「で、でも、拠点を守る戦士が強くなるのは悪いことではないわよ?」
「そりゃあね。でもいきなり過ぎない? あれ、多分竜魔法に片足突っ込んでるよ」
前にエラ・リラと戦った時に、あいつは大きな獣の足を再現して使っていた。それを村人たちがまねし始めたのだ。しかも、あの時の中身がスカスカな見かけだけのものではなく、大きさこそ以前の時より少し小さいけどその分中身も伴っているものになってきている。
「教えたわけじゃないのよね?」
「うん。特に魔法の遣い方とかは教えないで、普通に手合わせをして叩きのめしただけ。それを毎日やって、今日で……三週間くらい?」
「それだけ毎日戦い続けていたら、技術の一つくらい盗むわよ」
殴り倒されながらドラゴンと人の魔力の質の違いを認識して模倣したってことか。まあ、見てるだけよりは直接接触する方が覚えやすいかもしれないけどさ。
「盗むのは良いんだけどさ、もし仮に完璧に竜魔法を習得した場合ってどうしたらいいと思う?」
住民の全員が使えるわけじゃない。エラ・リラと、あとは数人がその兆しがあるって程度。だけどその前段階として竜魔法としての身体強化は多くの者が使えるようになっている。あのまま鍛え続ければ、みんながエラ・リラと同じように獣の姿に変わる魔法を身に着けることができるかもしれない。
俺とは方向性が違う、魔法で体を再現するのではなく、完全に体を作り替える魔法。それもある意味ドラゴンが使う魔法だ。ドラゴンから人へ姿を変えるのと、人から獣へ姿を変えるのという違いはあるけど、本質は同じ。
姿を変える際に全身に魔力を纏うことになるから常に強化魔法がかかっているのと同じようなものだ。しかも、普通の身体強化とは違って細胞の一つ一つまで魔力を纏っているから強化率が桁違いになっている。
あれが完成すれば、それだけで俺なんて必要ないくらいに強くなれるだろう。多分今の時点でもバルザック達より強くなっている気がする。
バルザックの千人長というのが国でどういう立場だったのか知らないけど、精鋭に分類されるんだったら本気で国を落とせる気がするのは間違いだろうか?




