別れ
交番の中で、僕は何も答えなかった。
おじさんは警察の人に促され、別室へと連れて行かれていった。
そのとき、とらだけは僕のそばに残してくれた。
僕はずっと、膝の上のとらを見つめていた。
何も話さず、ただ黙って、とらを撫でながら泣いていた。
やがて、おじさんが戻ってきた。
充電の切れた携帯は警察の人が持っていって、
充電できたののだろうか?
どこかに電話をしていた。
おじさんは僕の前にしゃがみ込み、静かに言った。
「そばにいるよ。
君の家族の誰かが迎えに来るまで、ずっとそばにいる」
僕は、前髪のすき間からおじさんの顔をのぞいた。
この人は親切なのか、そうじゃないのか――
よくわからない人だな、と思った。
そのとき、膝の上のとらが急におじさんに飛びかかった。
「うわっ」
驚くおじさんに、とらは「ふにょにょにょ」と早口で文句を言う。
「ああ、ごめん! ご飯か! ごめんごめん! そうだよな、晩ごはん食べてないよな……」
おじさんが慌てて言う。
そして僕のほうを見て、
「……あれ? 君ももしかして、食べてないんじゃない?」
その瞬間、僕のお腹がぐぅ、と鳴った。
警察の人と話をして、すぐ近くのおじさんの家に向かうことになった。
交番は狭くて、僕が過ごせる場所がなかったのだという。
おじさん、警察の人、とら、そして僕。
三人と一匹で移動した。
おじさんの家に着くと、警察の人はおじさんの携帯が鳴るのを確認して、
「すぐにご家族の誰かを向かわせるから安心しなさい」と言い残して去っていった。
それから、おじさんは急いで僕ととらの晩ごはんを用意してくれた。
とらと僕は並んで食べて、
おじさんに言われるままに新品の歯ブラシで歯を磨いた。
そして、とらを抱きしめながら、ソファに横になった。
おじさんはリビングの片隅の椅子に座って、ずっと僕たちを見守っていた。
うつらうつらと、眠りかけていたとき――
玄関のほうから、声がたくさん聞こえてきた。
お母さんと、お父さんだった。
お母さんは泣きながら僕を抱きしめて、
「ごめんね」と繰り返した。
「ごめんね、もう一度、みんなで一緒に暮らそうね」
お父さんは困った顔で、
「済まなかった」とだけ言った。
僕は両手を引かれて、お父さんとお母さんに連れられて行く。
とらの体温が、腕の中から遠ざかっていった。
「家に帰るんだって」
頭の中で、ぐるぐるといろんな言葉が回っていた。