帰路
お父さんが運転する車で、高速を走る。
「……ごめんなさい」
僕は、お父さんとお母さんに向かって謝った。
大丈夫って言っておきながら、僕は全然、大丈夫じゃなかった。
運転しながら、お父さんは静かに言った。
「いや、こちらこそ悪かった。
まだまだお前は小さいんだから、本当は切符はこちらで手配して、駅まで一緒に行くべきだった。
配慮が足りなかったな」
お母さんは、ちょっと顔をしかめながら言った。
「かたーい。息子が生きて帰ってきたんだよ?
もうちょっと、ね? あなたに期待するのが違うかもだけどさ……。
あっ、ねぇ、さっきのおじさん。変なとこ触られたり、服脱がされたりしてないよね?
大丈夫?」
お父さんは、思わず大きな声で遮った。
「おいっ!」
ルームミラー越しに、僕の方をちらっと見る。
「そんなこと、この場で聞く話か?」
お母さんは、呆れたように言った。
「最初に確認すべきことじゃない? 最近は男の子だって危ないんだよ。知らないの?」
僕は、それ以上聞いていたくなくて、ぼそっとつぶやいた。
「猫好きのおじさんだったよ。
ごはんくれたし……べつに、服を脱がされたりなんかしてないよ」
けれど、お母さんとお父さんは、僕の言葉には耳も貸さず、ふたりで小さな声で揉め始めた。
きっと、すぐに怒鳴り合いになるだろう。
僕は目を閉じた。
さっきまでいた、おじさんの家のことを思い出そうとする。
──とらが、靴を履く僕の足元にすり寄ってきた。
もうこれで最後かもしれないと思いながら、そっと背中を撫でる。
「なぁーん」
かわいい声で、とらはもっと撫でてとアピールしてくる。
お母さんは「きゃー、かわいー」と言いながら触ろうとするけれど、
お父さんが「もう遅いし、迷惑だろ。帰るぞ」と言って、僕たちを急かした。
玄関に、三人で並んで立つ。
お父さんが、警察の人とおじさんに向かって頭を下げる。
「ありがとうございました。また、あらためてお礼に伺います。
今日は夜も遅いので、これで失礼します」
警察の人は、優しい声で言った。
「叱らないであげてください。
甘やかしてあげてくださいね」
おじさんは、とらを抱っこしたまま、僕に声をかけてくる。
「また、とらを撫でに遊びにおいで」
僕は、見上げるようにおじさんの目を見つめた。
──この言葉が、本当かどうか知りたい。
でも、やっぱりわからなかった。
だから、何も言えずに、ただ目だけを見ていた。
おじさんの腕に抱かれたとらが、顔の前に寄ってきて、ぺろっと僕の頬を舐めた。
「……とら」
僕は、大切な友達の名前を最後に呼んで、おじさんの家を出た。
* * *
「ねぇ、聞いてるー?」
お母さんが助手席から、僕の方に向かって手をひらひら振ってくる。
「うん、なあに?」
僕は、お母さんの方を見て答える。
「あんたさ、さっきのおじさんのとこに遊びに行きたい?
うちのばー様、小学生を一人で家からこっちまで来させようとするなんて、考えられないって、めちゃくちゃ怒ってるの。
でもさー、あんた“大丈夫”って言ったし、
私も……まあ、あんたなら行けんじゃないかな?って思っちゃったし。
──ごめんなー。
でね、しばらくばー様と顔合わせたくないからさ、
予定があるとき、あのおじさんの家に遊びに行きなよ!」
僕は、お父さんのほうを見た。
「……そうしてくれると、助かる」
お父さんは静かにそう言った。
「わかった」
僕も、静かにそう返した。
彼女も、
おじさんも、
お父さんも、お母さんも――
みんな、嘘つきだ。
だけど。
それでも。
大好き。




