風の向こうできみをみた
切ないが、どこかホッとする物語
風車のある田舎道は、季節が変わるたびに匂いが違う。夏の終わりには、陽に焼けた稲の香りと、湿った土のにおいが混ざっている。
菜々は、風車の下を裸足で駆けながら、手に持った狗尾草を揺らしていた。後ろを走ってくる涼太の笑い声が、風に乗って追いかけてくる。
「ななー、待ってよ!」
振り返ると、涼太が少し遅れて走ってくる。あの無邪気であどけなさを残した笑い混じりの呼びかけはあの日から、何も変わっていない気がするのに——たったひとつ、違うのは、今の彼が菜々の記憶の中にしかいないことだった。
二人で過ごした最後の夏も、今日と同じような風が吹いていた。
風車の音が、空に溶けていくように遠ざかる中で、涼太がふいに手を握ってきた。
「この風、撮っておこう。いつか、忘れたときのために」
そう言って、握った手の影を写してくれたあのポラロイド写真は、今も菜々のポケットにある。
あれから3年。菜々は今日、涼太と初めて出会ったこの町に戻ってきた。誰もいない風車の前に立ち、ポケットからその写真を取り出して、そっと空にかざす。
風が吹いた。
狗尾草が大きく揺れ、稲穂も波のように身を傾けた。風車がゆっくり回りはじめたとき、空に一匹の凧が上がった。
見上げると、まるでそれが涼太の魂のように、静かに空を舞っていた。
「もう、泣かないって決めたのに」
その声は、風に溶けて誰の耳にも届かない。されど、
菜々の胸には確かに返事のような温もりがあった。
——きっとまた、風に乗って会える。
そんな気がして、菜々は凧を目で追いながら歩き出した。
風の隨に、あの人を追って。