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9/12

9:商売人

 街道の交わる町イエナには、国中から馬車が集まってくる。

 乗り場は常に混み合うので、着いて客を降ろし、すぐに走り去っていく。

 それなりに長く旅をしてきたのに、別れる時はあっという間。

 リザは増えた荷物を持ちだすのに必死で、走り去る馬車に手を振るのが精一杯だった。


「さあ着いたぞ」

「ちょっとヴィクター、これ」


 イエナは初めてだと言う二人に、御者は色々教えてくれた。

 これまで通ってきた町とは規模が違う。その上古い町なので、道が入り組んでわかりにくく、一部治安の悪い場所もある。

 流石に王都よりは小さく、内陸部で港はない。

 物流は主に馬車や人の引く荷車で、その分道が混み合うのだと。


「色の付いた馬車ばかりなんだけど!」

「もしお母様たちの仕業だとすれば。一体どれだけの人に知られているんだ……?」


 移動は町馬車を勧められたが、パッと見どれがどれやらわからない。

 途方に暮れる二人の前に、鮮やかな橙色の馬車が滑り込んできた。

 荷台いっぱいに積まれた大きな袋を、近くの建物から飛び出して来た男が次々と運んでいく。

 その間のんびりパイプ煙草をふかしていた御者が、二人を見て『あぶねーぞ』と声をかけた。ヴィクターがすかさず話しかける。


「すみません、ちょっと良いですか?」

「あん?」

「この馬車とっても綺麗ですね」

「そうだろう?」


 男はニヤリと笑い、ピカピカの幌をこつんと叩く。


「どこで仕上げてくれるんです? お店ですか?」

「俺は乗合馬車の営業所でやった。昨日の昼頃まではそこにいたよ」


 目立つ色付き馬車はあっという間に話題になり、その日の夕方には営業所に多くの馬車が集まった。

 だが集まりすぎた結果、営業所から追い出されてしまったらしい。


「ありゃ流れの職人かね? 可愛い女の子が二人馬車をピッカピカにしてくれて、その後赤ん坊を抱いた美しいご婦人が色を聞く。そしてすぐに魔法で染めてくれるんだ、あっという間にね!」

「わあ……」


 二人は無言で顔を見合わせた。何をしでかしているんですお母様!


「今は違う所にいるんだろうが、ちょっとわからないね。まあどこだってすぐに馬車が集まっちまうから、わかりやすいと思うよ」

「ありがとうございました」


 答えてくれた御者に礼を言い、二人は荷物を抱えて歩き出す。


「急いで合流しましょう」

「ああ。手遅れにならないうちに」

「馬車を綺麗にするのはともかく色って何!? お母様は何をしたの?」

「僕にわかるもんか。ただまあ、お母様だからな……」


 町中の移動は町馬車が便利だと聞いていた。

 御者が揃いのコートを着ているからすぐに分かるとか。

 確かに大きな通りに出ると、ひっきりなしに馬車が停まり、客が乗り降りする馬車がある。

 二人はそのうちの一つに話しかけ、『馬車がたくさんいるところ』を尋ねてみた。

 行き先としては変わった質問だったのだろうが、御者はすぐにピンと来たようだった。


「もしかして色付き馬車の話かい?」

「そうです! ええと、すごく綺麗だから、見てみたくて」

「確かにあれは羨ましくなるよな。こっちは町馬車だから色は塗れないのにさ」


 町馬車は自分の持ち物ではないのでダメらしい。

 何人かかけあった者がいるが、『営業に差し障りがある』『混乱を招く』と許可が下りなかったとか。

 そもそも屋根付き馬車は塗るところが少なそうである。


「昨日までは南門近くの営業所にいたよ。今日は倉庫街で見かけたって誰か言ってたなあ」

「倉庫街に行くには?」

「この馬車じゃなくてあっちの、通りの向こうの馬車に乗るといい。あの花屋の前に停まるから」

「ありがとう!」

『ダメ危ないっ!』

「えっ?」


 手がかりがつかめた興奮で、リザは礼もそこそこに走り出す。

 直後頭の中にリサの声が響き、思わず立ち竦んだすぐ横を、荷馬車が通り過ぎていく。


「ばっかやろあぶねえだろうがぁ!」

「ご、ごめんなさいっ!」


 ここは大通りで、沢山の馬車が行き来している。

 道を渡る者は馬車の途切れたタイミングを見計らい、紙一重で擦り抜けていく。

 周りも見ずに走り出したリザは、危うく轢かれる所であった。


「ちょっとリザ!」

「びっくりした……心臓が止まるかと思った」

「こっちの台詞だよ、もう」


 自分の足で歩くのもいい加減慣れたと思っていたが、まだまだ経験が足りないようだ。

 隣からはヴィクターが、頭の中ではリサが、自分がしたことがどれだけ無茶であったか指摘する。


「大きな通りはそれだけ馬車の数が多いんだから」

『他の車に隠れて見えない馬車もいるかもしれない』

「御者は他の馬車とか高い所を見る。歩いてる僕らは目に入らない」

『こういう時は無理に突っ切ろうとしないで、狭い道から渡るのよ』

「住んでる人達は慣れてるだろうけど、僕らは今日初めて来たわけで、道も知らないんだぞ?」

「はい……」


 何も言い様がないくらいの正論だ。

 反省したリザはヴィクターの後をとぼとぼとついていく。

 お母様が心配だなんて、えらそうに思っていたけれど、私も物を知らないのだ。

 これまで上手くやってきた自信があったため、リザの落ち込みは深かった。

 町馬車に乗り込んだ後も、頭の中では先ほどの御者の怒鳴り声がぐるぐると回っている。


「泣いてないよな?」

「違うわよ! ただ……すごく怖かったんだもの」

「そりゃしょうがない。でもこれで覚えたろ?」

「……うん」


 貴族は、特に女性であるリザの外出は限られる。

 基本は用事のある場所まで馬車で行くという生活。徒歩で移動する場合も付き添いがいて、ついていくだけで良かった。

 だが今は弟と二人だけ。

 人々が生活し、仕事をしている町に降りたなら、彼らのやり方に沿わねばならない。


『まあ一つ賢くなったと思えばね? 人生は学習って言うじゃない。落ち込むのもほどほどにしてさ、景色でも見たら?』


 乗客を詰め込んだ町馬車は、十字路に差し掛かると大きく向きを変え、平坦でまっすぐな道に入っていく。

 背の高い建物が隙間無く建っていて、面白い光景だ。

 建物は立派だが、敷地の広い貴族の屋敷とは雰囲気が違う。ここが倉庫街なのだろうか?


『うーん……もしかして商館を兼ねてるのかな? ほら、身なりの良い人が多いでしょう?』

 商館? お店ってこと?

『お店を開いている所もあるんじゃない? けどこういう所は支店とか営業所みたいな……商品を置いたり、商会の人が仕事してる部屋があるイメージかな』


 リサが話す言葉は時々難しくなる。

 リザはまず商売の仕組みを知らない。なんとなく遠くで物を買い、町に持ってきて売るとか、その程度の認識だった。


『基本はそうだよね。安い所から買って高く売れる所で売る。または付加価値を付ける』

 付加価値ってなに?

『このお店でしか買えないとか、数を限定して特別感を煽るわけ。皆に欲しい! って思わせたら勝ちよ。評判が広がって、それだけたくさん売れるの』


 物を売るにはやり方があるらしい。

 そういえばヴィクターも続けて買ってくれる人に安くして、二杯目のお茶は半額とか、色々と工夫していた。

 ああいうのも商売をする人達を見て覚えたのだろうか……。


『あなたのお母さんだって──多分だけど、同じ事してるのよ』

「お母様が?」


 思わず溢れた言葉にヴィクターが振り向くが、笑って誤魔化す。


『洗えば綺麗になるかもしれない。でも色を付けるのは誰でも出来る事じゃない、よね?』

 聞いたこともないわ!

『私は魔法がそもそも珍しいと思っちゃうんだけど、さっきのおじさんは綺麗な色が付いた事を喜んでいたでしょう? 銀貨十枚だっけ? それだけのお金を払う価値があるわけだ』


『お母さん才能あるかもね』なんて言われると、母のやった事が良いことのような気がしてきた。


「……ううん、やっぱりよくない」


 この場合、目立つべきではない。

 王都から──お父様を帰さない悪い人間が、いつ私達を追いかけてくるかわからない。

 だから人前で魔法を使うのは、できるだけ避けた方がいい。

 ヴィクターの言う通りだ。私たちの魔法って、少しばかりやり過ぎてしまうみたい。


「おっと」


 そんな結論が出た頃、前を見ると馬車が道に詰まっていた。

 大きいのも小さいのも幌がかかったのもそうでないのも。

 ある意味見慣れた姿で、色が付いているのは一つも無い。


「これって」

「ああ。多分、当たりだ」


 御者は慣れたように馬車を操り、ずらりと並ぶ馬車列の先で停止した。


「ここって倉庫街ですか?」

「そうだよ」

「ありがとう」


 お金を払って降りると、二人は道の端に寄って歩き出す。

 行き来する馬車の邪魔にならないよう、反対側から列を追う。

 何度か角を曲がると、列の先が建物の一つに吸い込まれているのが見えた。


「本当にお母様なのかしら」

「間違いないと思うよ」


 自信たっぷりに頷いたヴィクターは、堂々と知らない場所へ入っていく。

 すかさず守衛らしき人が寄ってきて、リザは思わず息をのんだが、ヴィクターの足は止まらない。


「待て待て! それ以上は入っちゃいかん」

「こんにちは」


 愛想良く振る舞う弟に相手は戸惑ったようだった。


「約束のない人は通すなと言われているんだ。悪いが用事があるなら列に並んでくれ」

「いえ、ここで待ち合わせしてるんです」

「待ち合わせだって? 適当な事言っちゃいかんよ。そんな話は聞いてない」

「おかしいなあ」


 ──どうしてこの子、こんな適当な事が言えるんだろう!

 横で見ているリザはハラハラしっぱなしだ。弟が賢い事はわかっているけれど……その自信がいつか大変な事を引き寄せそうで恐ろしい。


「とにかく聞いてみて下さい。ヴィーと姉さんが会いに来たよって。母さんと姉さんはここで馬車の仕事をしてるはずなんだ。僕らもはやく皆に会いたいですし」

「なんだって?」


 訝しげではあるものの、自信たっぷりなヴィクターの言い様に、守衛は渋々きびすを返す。


「ちょっとやり過ぎじゃない?」

「何がさ?」

「本当は違ったらどうするの? 追い出されてしまうかも」

「だったら余所を探すだけ。でもきっとここで間違いないよ」


 十分ほど待っただろうか。

 戻ってきた男は小走りに駆けてきて、帽子を取って汗を拭いながら、『大変失礼しました。どうかお入り下さい』と頭を下げる。


「ね?」

「……もう!」


 うまく言葉が出てこない。

 それにヴィクターの思い通りに事は動いているわけで。


『気の利いた弟さんじゃない。頼りになるぅ!』

 そうだけど! 心配は心配なの!

『きょうだいってそんなもんよ。私も兄貴に散々危ないことするなって言われたっけ……』


 確かなのは、私とこの子は考え方がまるで違うということ。

 おっかなびっくり守衛の後をついていくと、建物の中に通される。

 部屋は思ったより広く、書類の積まれた机が並ぶ。

 忙しく立ち働く人たちの間を抜けて、突き当たりのドアをくぐれば、中庭のような場所に出た。


「お母さ──ま?」


 そこは荷卸しをする場所らしく、『停止』と『待て』の立て札があり、馬車がつけられるよう十分なスペースが広がっていた。

 しかし荷を積んでいる馬車は一つも無く、今まさに運び出している最中の人もいる。

 その後馬車は立て札の場所まで進み、両脇からクレアとアンナに挟まれて、みるみるうちに綺麗にされる。


「次の方どうぞ~」


 幌布が白さを取り戻すと、馬車は次のステージに送り出される。


「赤!」

「緑!」

「紫!」


 母が色の名前を叫びつつ、盛んに腕を振っていた。

 色付けはあっという間で、用の済んだ馬車はさっさと出ていく。

 一連の作業は流れるように進み、客は最後に木箱の上に立つ人に料金を払うようだ。

 たまに帽子を返して金を足元の袋に入れているその男は、随分と疲れた顔をしていた。


「うわっ……思ったより規模がでかい……」

「お母様ーッ!」

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― 新着の感想 ―
ダズは逃げ出した。 だが回り込まれてしまった。 魔法使いの一家からは逃げられないwww
疲れた顔をした人wwwやべー縁がwwwww たしかに魔法使いならそうとしっかり示した方が危なく無いとも思っていたけれども、王都を逃げ出した身だったね……身を隠さなくてええんか?といいたい。 いいたい…
ダズさん完全に付き人のそれ 胃薬を差し入れてあげよう
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