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10:バリー商会

 声は広い荷卸し場に響き渡り、その瞬間全員がリザを見た。

 

「やだ、私目立ってる!」

「それだけ大きな声を出せばね」


 ヴィクターが深く帽子を被る。リザも慌ててフードを探ったが、遅かったかもしれない。

 でも見たものの衝撃が強すぎて、叫ばずにはいられなかったのだ……人前で声を出すのは苦手だった筈なのに。


「まあ、まあまあまあ!」

「リザ! ヴィクター! 無事だったのね!」

「おねえさまーっ!」


 急ぎ、しかし優雅な足取りで歩く母と腕に抱かれたチャーリィ。

 朗らかな笑みを浮かべ、出来る限りの早足で近づいてくるクレア。

 二人を追い越し、転がるように飛びついてきたアンナ。


「よかった……!」


 全員無事だわ!

 妹を抱き留めたリザは、嬉しさのあまり言葉を詰まらせたが、直にそんな場合ではないことを思い出した。


「お母様、お姉様も! こっ、こちらへ」

「リザ、どうしたの?」

「二人ともよく無事でいてくれたわ。頑張ったわね!」


 輝くばかりの笑顔を浮かべた母、そんな母にそっくりな姉。

 再会の喜びに溢れた母の抱擁を受け止めつつ思う。

 とても……とても良い香りがしますお母様。

 どう見てもこの人たち、庶民には見えないわ。ただ者ではない気配を隠せていない。


「皆元気そうで安心しました。それで……」


 流石のヴィクターも次の言葉が出てこない。

 今すぐ此処を離れるべきだと、私達は目立ってはいけないのだとお母様に……どうやって説明すればいい?

 焦るばかりのリザを宥めるように、頭の中でリサが言う。


『とりあえず話を聞いてみたら?』

「……そうよ、まずは落ち着かなきゃ」

『ここで逃げても変に目立つだろうし、堂々としていましょう』

「ふう……」


 深呼吸を一つ。よし、大丈夫。

 意識を切り替えたリザは、会話の間にさりげなく周囲を見渡す。

 建物の影から現れて、にこやかに歩いてくる男の人──と、反対に木箱からぴょんと飛び降り、一目散に駆けていく人もいた。誰?


「やあやあ皆さん、ご無事で本当に良かったですな!」

「お母様、こちらの方は……?」

「バリー商会のトーマスさんよ。この場所を貸していただいているの」

「商会」


 思わずヴィクターと顔を見合わせる。

 いったいどれだけ話が大きくなってるのか。


「馬車で乗り合わせた方よ。とても急いでいらして」

「そうなんです、あれは商会の一大事でした」


 トーマス氏は恰幅の良い腹を揺さぶり、大仰な仕草で訴える。


「私が命をかけて大切な商談に臨もうという、正にその時です! 我々の行く先は深い霧に阻まれ、のろまな馬車は遅々として進まず……困り果てていたところ、奥様による素晴らしいアイデアでなんと予定よりずっと早く着く事ができたのですよ!」

「アイデア?」

「馬車に色を塗ったの。夜でもよく見える魔法の色を」


 得意げな母親に二人は笑顔を返したが、やや引きつっていたかもしれない。


「馬車の掃除やお洗濯、水売りもしてみたけれど、これは随分早くたくさんのお金が集まるわ」

「……商売上手はお母様に似たのかしら」

「話を振らないでくれ。僕は止める方だったじゃないか」


 おかげで余裕で間に合い、商談もめでたく大成功。

 恩を感じたトーマス氏は道中から今に至るまで一家の宿と食事の世話をしてくれて、快適な旅だったそうだ。


「しかしもったいないお話で。商人の目から見てもこの商売は画期的です! 私はもっと高額でもよろしいのではご提案させていただいたのですが、奥様は欲の無いお方で」

「魔法の色はいつ落ちるかわからないもの。だからこれは、お掃除のおまけなのよ」


 大きな商会や町馬車は同じ型の馬車を発注し、御者の制服を揃える事もある。

 だが色付きの幌は画期的であった。

 まず色染めの布が高価であり、濃い色は暗くなる。

 ここまではっきり鮮やかな色は出ないので、遠目から見ても一発で分かると。

 イエナでは色付き馬車が現れた! と評判になり……今に至るわけだ。


「でもここまでたくさん同じ色を塗ってきたから、最初の乗合馬車のように色で見分けるのは難しいでしょうね。印や模様が入れられたら違って面白いのだけれど」

「……! それは、その案は、奥様!」

「自由にしていただいて結構よ」


 トーマスは束ねた紙を取り出し、ペンで何やら書き付け始めた。

 母はにこにことそれを眺めていたが、ふと馬車列を目に留めて、元の場所へと戻ろうとする。


「お母様!」

「大丈夫よ、すぐに済むから。そうだわ、二人とも手伝ってくれる?」

「そんな事してる場合じゃ……」

「リザ、やろう」


 労働に目覚めた母を止めるには、とリザは考えたが、ヴィクターは横で腕まくりしている。


「ここを出なくていいの?」

「今ある列を区切ってさっさと終わらせるんだ。ここまで話が広がったものを、急に止めたらかえって騒ぎになってしまう」

「……はあ。仕方ないわね」


 バリー商会に協力を仰ぎ、『今日の分はここまで』と列を区切った一家は、猛烈な勢いで馬車の色付けをこなした。

 母のペースに余裕があると見たヴィクターは、列を分けて二台を交互に進ませるようにし、次々掃除して送り出していく。

 リザも必死で掃除の魔法を使った。

 綺麗になるのは確かに気持ちがいいけれど、それにしても馬車なんて大きすぎるし、何より汚れすぎよ!


「ローズ!」

「グレー!」

「エメラルド!」

「鮮やかな色ばかりではないのね」


 今母が付けたのは淡い色。

 一頭立ての軽装馬車(バギィ)は女性に送られるとのことで、よく手入れをされた白馬が鬣をなびかせている。

 クレアとアンナはうっとりと眺めていたが、立ち止まった馬がボロを落とし始めると、なんとも言えない表情をしてそっと顔を背けた。

 どんな高級な──たとえ王様が乗る馬だって、生きている以上はそういうものよね。

 馬車旅で思い知ったリザである。




「実に素晴らしい光景でしたなあ。これぞ商売、心に訴えるものがあります」


 全ての馬車を塗り終えた一家は、バリー商会の応接室に通された。

 この後は町の一等地にある高級宿に送ると言われひっくり返りそうになる。

 リザが慌てて『お気遣いなく』と断ると、母は不思議そうな顔をしていた。

 その辺りも後でお話しなければ。


「次々と送り出される色付き馬車! 評判が評判を呼び、列はどこまでも伸び続け……」

「本当だよ。いつ終わるのかと思った」


 ぼそりとこぼしたヴィクターに頷き、二人は揃ってどんよりした視線を向ける。

 バリー商会は王都でも名の知られている、織物を扱う店。

 家具も調度品も明らかに良いもので、落ち着くのだが落ち着かない。

 身体はこのまま上等な椅子に預けていたいけど、意識は早く逃げ出さなきゃと思っている。

 窓は正面に二つ。でも此処は三階だし……シーツを裂いたら良い?

 脱出の手順を考えていたら、リサが外に階段があったと教えてくれた。

 大勢の人が働く建物は、出入りが一つではないのだと。


「そして、こちらが今日の売り上げ金です」

「わあ……」


 穀物袋が立っている。

 中身は銀貨と銅貨なので余計に重く、わざわざ商会の荷役が運んでくれた。


「さあどうぞ、数えてみてください!」


 ニッコニコのトーマス氏は、金勘定が楽しくて仕方ないのだろう。

 残念ながら、インプリー家にそういう属性の者はいないようだ。

 お母様もクレアも笑顔を浮かべるだけで一切手を出さないし、アンナに至っては部屋の外ばかり気にしている。

 リザは期待を込めて隣を見たが、弟は明後日の方向を向いていた。


「ヴィクター、得意でしょ?」

「必要ならやるってだけ。ここまで多いと数えるのも面倒だ」

「ねえ、おじさまはどこ?」


 唐突にアンナが声を上げた。

 母も姉もトーマス氏も、皆一様に驚いた顔をして、誰かを探し始める。


「そういえば先ほどから姿を見ませんね」

「あら本当。ダズさんたらどちらにいらっしゃるのかしら」

「朝からずっと立ちっぱなしでしたもの。どこかで休まれているのでしょう」

「誰ですって?」


「馬車で乗り合わせたとても親切で優しい人よ」

「旅慣れた方で、私達がまだ慣れない時にね、色々と教えてくれたの」

「困っている私を見捨てず、励まし助けてくださった恩人です」

「楽しくていい人! アンナおじさまだいすき!」

「ごめんなさい、今なんて言ったの?」


 全員いっぺんに喋り出すのでよくわからなかったが、つまり総じて『良い人』らしい。

 着いた先の町で迷っていたら、宿の場所を教えてくれた。

 誰もが冷たい反応の中、彼だけは同情し励まし続けてくれた。

 馬車で退屈していたら話しかけてくれた……


「それでおやつもくれてね、これがすごくすっぱいの! みんなこのすっぱいのがすきなのってきいたら、そうじゃなくて、ジャムにするんですって。ねえさま、ジャムの作り方しってる? おさとうでにるのよ!」


 アンナのおしゃべりが止まらない。

 よほどそのダズさんとやらを気に入ったらしく、覚えている限りの全てを伝えようとする。


「おじさまの服をきれいにしてね、そのあとも……」

「わかったわかった。そのダズさんが、今はいないんだね?」

「……どうして?」

「僕に聞かれてもなぁ」


 木箱の上で代金を回収していた男は何処へ消えたのか。


「何か用事があるにしてもだ。一言くらい言って行くんじゃないか?」

「そうね……」


 彼を知らないリザとヴィクターにしてみれば、『そんなに親切な人がいるものか?』という気持ちがある。

 旅の中で二人は様々な経験をした。

 いい人もいればそうでない人もいる。他より高くお金を取ろうとする宿や店、質の悪いものを売りつけようとする商人、馬車で水を売った時だって、『今俺は払った、釣りを寄越せ』と言って騙そうとした人がいた。

 その時は客の言う額の大きな硬貨が袋になく、すぐに嘘だと分かったが、周りに人がいなければ袋ごと奪われていたかもしれない。


「途中で具合が悪くなったのかしら」

「どこかで倒れていたら……」


 だが疑惑をそのまま口にするのは憚られた。

 母も姉もアンナも、商人のトーマス氏でさえ彼の事を信じ切っており、何より本人が此処にいない以上、憶測を述べても仕方がない。


「イエナの町で用事があると言っていましたから、それを思い出したのかもしれません。確か人に会いに行くという話だったような……」

「まあそうだったの」

「ええ、私にも是非紹介したいと」


 残念なことにトーマス氏は、行き先までは知らなかった。

 ダズ氏の行方はわからないまま──しかし心配はないだろうという話だった。


「あの人は一切手間賃を受け取っていませんからね。このままだと丸二日ただ働き、という事になってしまいます。まさかそんな人はいないでしょう!」

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― 新着の感想 ―
>まさかそんな人はいないでしょう! いいえ、世の中にはダズさんという奇特な方がいらっしゃってですねw
絶対ダズさん逃げ切るつもりですこれ
増えやがったぁぁ!! byダズ
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