5.専属◯◯
太陽はオレンジ色に街を照らし、その反対側ではもうチラチラと星が瞬き始めている。馬車に乗る約束の時だ。
冒険者組合の建物のあたりに、留まっている馬車が見えた。俺たちが同乗させてもらう馬車だ。屋根までついていて、本当に卵などを運ぶだけのものなのか疑うほどだった。てっきり、もっとボロいリヤカーのような荷台に乗るものかと思っていたのだが、想像よりもはるかに良い。
「遅いじゃねェか、待ちくたびれちまった」
小走りで馬車の元へ向かうと、すでにフロートが組合の壁にもたれて待っていた。
聞いてみると、朝からずっとここにいたらしい。俺、ちゃんと夕方って言ったはずなんだけどなあ。
「お前が早すぎるだけだろ。っていうか、荷物はどうしたんだ」
フロートをよく見ると、愛用の大剣を背負っているのみで、バッグの類いは見当たらない。
「そんなの、現地調達に決まってンだろッ!」
確かにそれも一理あるかもしれない。その場にあるもので何とかするのは、適応力の高い、悪く言えば野性的なフロートの強みだ。
一方のコルレはというと、見るからに荷物の詰まっていそうな大きなトランクを抱えていた。フロートとは対照的に、用意周到な性格がにじみ出ている。
「ンで、そいつがゲンジの侍女ってわけか」
「はい、お初にお目にかかります。ゲンジ様の専属侍女のコルレでございます」
コルレにはよくフロートの話をしていたが、実際にコルレとフロートが会うのは今日が初めてだ。仲良くしてくれると良いが……。
「専属、なんてこれ見よがしに言いやがってッ! 喧嘩売ってンのかァ?」
「おい、やめろって」
「アタシだってなァ、ゲンジの専属……そう、専属冒険仲間なンだよッ! 侍女は一緒に冒険なんかいかねェもんなァ?」
いや、なんだよ専属冒険仲間って。
っていうかそんなことで張り合うなよ。
「そうですね。私は専属侍女なので、毎日ゲンジ様のお側にいて、私が作った食事を美味しそうに食べている姿を眺め、私が洗った服に顔を埋めて嬉しそうに『お日様の匂いだ……』と呟くのを聞くことしかできません……ああ、それは専属冒険仲間さんには出来ないことでしたね」
あれ、聞かれてたのかッ! だって、いつも洗濯物があまりにもふわふわした仕上がりで、つい顔を埋めたくなってそれで……ッ! くぅ、コルレの仕事が完璧なのが悪いんだッ!
「クソッ……じゃ、じゃあゲンジが手作りした回復薬は飲んだことあンのかよ」
「で、では、ゲンジ様のお背中を流したことはありますか?」
「おい侍女、それって……見たのかよ」
「ええ、しっかりと。それと、専属侍女ですから」
フロートはあたふたとして、みるみるうちに顔が赤くなった。
それを見たコルレは勝ち誇ったような顔をしている。
「それはそれは、小さくて可愛らしかったですよ」
「なッ……!」
コルレは親指と人差し指で、豆粒くらいの大きさの空洞をつくった。
「そ、そそそそれは幼い頃のことだろッ! 今はもっとッ……いや、何でもない」
黙って話を聞いていればッ! 最後にコルレと一緒に風呂に入ったのなんて、俺が八歳のときだぞ。いつまでも昔のことを言わないでくれ。
「とにかくッ! 日没が近いから早く出発するぞ。続きは馬車の中でやってくれ」
二人は不満そうにしていたが、馬車の御者がこちらに顔を出しているのを見て、急ぎ足で馬車の中に入る。
「挨拶が遅れてすまない。今日は快く話を受けてもらい、ありがとう」
「いえいえ。むしろ、皇子様をこんな荷台に乗せるなど、不敬極まりない……」
御者は、ヘコヘコと頭を下げる。
「こちらからお願いしているのだから、気にしないでくれ」
御者は、どうぞお乗りください、と言って御者台へ逃げるように登っていった。
はぁ、いつものこととはいえ、そう怯えられるとなぁ。
帝都の民たちの皇子に対する反応は、程度の差はあれだいたいはこの御者のようなものだ。この帝国では皇帝は神にも等しい存在であり、その血を引く皇族も同様に敬われる。俺はずっと、それが嫌だった。仲良くなりたいと思った人からは心に壁を作られてしまう。幼い頃の俺は何も理解していなくて、どうしてみんなと同じように出来ないのだろうとよく泣いていた。色々とわかるようになってきてからは、もう対等な関係なんて諦めていた。
「なァにボーッとしてンだ、早く乗れよ」
だから、フロートが対等な冒険仲間として接してくれるのは、本当に夢のようなことなんだ。
「ああ、すぐ乗るッ!」
大切な専属冒険仲間と専属侍女が待っている。俺は、馬車に飛び乗った。
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