3.来訪者
兄上との謁見が終わってすぐに、俺は支度を始めた。コルレはというと、俺が追放されるかもしれないという情報を掴んですぐに、身支度を済ませていたらしい。それで、俺が支度をしている間に買い出しをしてくる、と飛び出して行った。
今この部屋にあるもので必要なものは全てしまった。あとは外で調達するしかない。コルレに買い出しのついでに頼んでおけばよかった。
トントントン。
ドアをノックする音だ。コルレはもう帰ってきたのか? それなら追加の買い出しを頼も……
「殿下、いらっしゃいますか」
「ああ、何の用だ」
兄上の側近の声だ。どうして側近が俺に用があるというのだろう。追放は明日の日没で、まだ時間がある。
あれこれと良くない妄想が頭の中を駆け巡る。俺は今になって、返事をしてしまったことを後悔した。
「陛下からお預かりしているものを渡しに参りました。入ってもよろしいでしょうか」
兄上から預かっているものだって? 想像していなかった答えに、狼狽える。
「は、入れ」
側近は、何かが入った手のひらに乗るくらいの大きさの麻袋を持っていた。
「陛下は、ゲンジ殿下の好きに使ってくれて構わないとのことです」
俺は側近から麻袋を受け取った。ずっしりとした重みが手に伝わってくる。もしかして、と思い麻袋を少し開いてみると、中には金貨が大量に入っていた。役人の給料数ヵ月分くらいはありそうだ。
「私はこれで失礼いたします」
「待ってッ! どうして兄上は俺にこれを……」
側近は俺の問いに何も答えず、そのまま去ってしまった。
兄上は、俺を邪魔だと思っていたはずではなかったのか。ならばこれは恐らく、手切れ金のようなものだろう。お金を渡すから厄介者は早く帝都から出ていけということか。
俺は麻袋から数枚の金貨を取り出してポケットに入れると、残りは荷物をまとめたリュックサックにしまった。
街に出ると、あちこちの店でセールをしていた。皇帝の代替わりには、街中で大安売りが行われる。これは数百年前から続く帝都の文化だ。身銭を切って安く売るほど、先帝を悼み、新たな皇帝の即位を祝う気持ちが表れるのだという。賢帝と呼ばれた偉大な先帝の死は、かつてないほど街に活気をもたらしていた。
確かに、父上の遺した功績の数々は偉大なものだ。だが、俺は街の人のように父上を讃えることが出来なかった。
「なァに暗い顔してンだよ!」
突然掛けられた声の方を振り向くと、俺のよく見知った女がいた。
「く、暗い顔なんかしてねえよッ! そんなことより、それはどうしたんだ」
俺はヤツが手に持っている髪飾りを指差した。
筋肉バカ……フロートは帝都で活躍している若手冒険者だ。俺とフロートはよく共同で調査依頼をこなす仲で、ヤツが居なかったら達成できなかった依頼も少なくない。
「アタシが髪飾りを買うのが変だって言いたいのかァ?」
「違うって。せっかく買ったなら、手に持っていないで着ければいいのにって思ったんだよ。ほら、貸して」
俺はフロートから髪飾りを取り上げると、ヤツの前髪にそれを着けた。
小さな白い花のモチーフがあしらわれた髪飾りは、フロートの赤髪にとても映える。
「うん、よく似合ってる」
「べ、別に嬉しくなんかねェンだからなッ!」
フロートは顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまった。
……俺はフロートを怒らせてしまったみたいだ。いくら親しい仲だからといっても、女性の髪に許可なく触れるべきではなかった。
「すまん。親友だからって、やっていいことと悪いことがあったな……」
「……ゲンジなんか、もう知らねェッ!」
フロートは、さらに怒りを強めた。
こうなったフロートは口を利いてくれなくなる。仕方がない、あの手を使うか。
「そこの店でケーキを食べないか。もちろん俺の奢りで」
「……ッ! 食べるッ!」
フロートは大の甘党だからな。絶対に乗ってくると思ったんだ。
席についた俺たちのところへ店員がやってくる。フロートは俺を見て、ニィっと笑った。
「メニューのここからここまで、ぜェんぶ持ってきてくれ!」
ヤツは、メニューの左上と右下を指差した。つまり、店にある全メニューだ。
「……本当によく食うなぁ」
「いやぁ、それほどでもねェンだからなッ!」
「褒めてねぇからなッ!」
本当にコイツときたらもう……。少しは遠慮ってものをしろよ! まぁ、仮にも皇子である俺にも変に遠慮することなく接してくれるのは、フロートの良いところでもあるのだが。
「で、どうしてさっきはあんな顔してたンだよ。なんか理由があンだろ?」
そういえばそうだった。俺は、明日にはこの帝都から追放されるというのに、完全にフロートのペースに飲まれていた。
「お前には話しておかないとな」
追放のことを話すと、フロートはテーブルを思いっきりドンッと叩いた。
「そんなのってねェだろッ! ゲンジは、ずっと親父さんみたいになりてェって頑張ってたじゃねェか! それなのによぉ……」
フロートの声に、他の客たちの視線が集まる。ヤツもそれに気づいたのか、辺りを見渡して恥ずかしそうに頭を下げた。
「すまねェ、大声を出しちまった……」
「ははは……でも、ありがとう。俺のために怒ってくれて」
「べ、別にゲンジのためじゃねェンだからな……アタシはただ、頑張ってる人を馬鹿にするヤツが許せねェだけだッ!」
フロートは俺がこれまでやってきたことを見ていてくれて、俺の代わりに怒ってくれた。俺の冒険者としての努力は認められていたのだと、無駄ではなかったのだと思えた。
「最後にお前とこうやって話せて良かった。帝都の外でも、頑張れそうだ」
フロートは帝都を拠点として活動する冒険者だから、追放された俺が会うことは二度とないだろう。思いがけない機会だったが、別れの挨拶をすることができて良かった。
そろそろ買い物に戻らなければならない。席を立とうとすると、フロートがグイッと俺の腕を掴んだ。
「アタシもお前と一緒に行くッ!」
「えっと……買い物にか? 何も面白いものは買わないぞ」
「違ッ……それもだけど、その、お前の追放先についていってやるッてことで……」
それは、これからも親友と一緒に冒険が出来るということで……。
俺は、飛び上がりたくなるのをぐっと堪えた。
フロートは、最近指名依頼が増えてきた。冒険者としてのキャリアを積む上で今が大切な時期だ。もし、俺についてきてしまえば、経歴に大きなブランクを作ってしまうことになる。人の多い帝都周辺の冒険者となれば尚更だ。すぐに他の冒険者にとって変わられてしまう。
だから、俺はフロートをつれていくことはできない。できない……のにッ!
「なんだよ黙って……そんなにアタシがついて行くのが嫌なのかよ」
俺は首を横に振った。
「アタシの家のことかァ? それなら心配はいらねェよ。上の弟に弟妹の面倒見させるから。元々依頼で数日家を開けることはあったからな」
「そうじゃなくて、お前は帝都イチの冒険者になりたいって……」
フロートは、そんなことかと言いたげな顔をした。
「……確かに、そんなことを言ったこともあったなァ。だけどなァ、ゲンジ。アタシがなりたいのは最強の冒険者だ。あの日の約束、忘れてねえだろうなァ」
あの日の約束……忘れるわけない。
あの日、帝都北部の山で簡単な依頼をこなしていた俺たちは、山のヌシと呼ばれる獣に遭遇してしまった。考えなしで懐へ飛び込んでいくフロートを、ヌシはその巨腕で叩きつけた。フロートにさらなる一撃を食らわそうとして隙ができたヌシに、俺がその場で作った麻酔薬を塗った短剣を突き刺した。
「アタシたちは、二人で最強だッ!」
父上のような冒険者になりたくて、帝国にある資料を読み漁ってきた俺。幼少から家の道場で鍛練を重ねながら、父親に連れられて何千もの獣を屠ってきたというフロート。
俺に足りないフィジカルをフロートが、フロートに足りない知識を俺が補って、二人で最強の冒険者になる……。
「……そうだなッ! 一緒に行こう、フロートッ!」
「そうこねェとなァ!」
俺とフロートは拳を握って、お互いの拳を突き合わせた。それから、顔を見合わせて声をあげて笑った。
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