2.帝都追放
父上が亡くなった翌日。国民に皇帝の崩御が知らされ、同時に兄上の即位が宣言された。俺が15年間生きてきた皇宮は、同じ場所なのに、昨日までとは何もかもが違っているような気がした。
「ゲンジ様、陛下がお呼びです。すぐに、謁見の間に来るようにとのことです」
コルレが心配そうな顔でこちらを見る。兄上からの呼び出しということは、恐らく俺は追放されるのだろう。
「ああ、覚悟はできている。コルレが居てくれるなら、追放なんて大したことではないさ」
俺は一応、冒険者でもあるんだ。この機会に遠くまで行ってみよう。これまでは近衛兵たちの監視の元で、日帰りで行ける範囲に制限されていたからな。きっと、大丈夫だ。楽しい冒険になるさ。
「手が震えていますよ」
「これは……み、見なかったことにしてくれ!」
コルレにはお見通しだった。
「いいえ、出来ません」
「皇子の命令でもか?」
「……いくらこの帝国の皇子であらせられるゲンジ殿下のご命令であっても、それは出来ません」
コルレは俺の両手を握った。
「忘れてしまいましたか? では、もう一度言います。私コルレはゲンジ様の味方です。だから私の前では強がらなくたって良いんですよ」
そうコルレは言い切った。
でも、俺は……怖いんだ。俺がこんな弱くてダメなヤツだなんて知られたくない。だって、幻滅されたくないから。コルレにまで見限られてしまったら、俺はきっともう立ち直れないから。
コルレは、俺をジトッと見て大きなため息をついた。
「どうせゲンジ様のことですから、『幻滅されたくない』だとか、そんなことを思っているのでしょう?」
図星だった。
「馬鹿ですか? 私はゲンジ様が産まれたときから一緒にいるのですよ。7歳のときに、おねしょを隠そうとして布団を池に放り投げたことだって知っています」
「そ、そんなこと忘れろよッ!」
「他にも、8歳のときに『ちっちゃいお団子見つけた』とか言って、ウサギの糞を拾ってきたこともありましたね」
「もう良いからッ! やめてくれッ!」
俺も言われるまで忘れていたくらい昔のことを、今更掘り返さないでほしい。おねしょは、前日の晩に喉が渇いて水を飲み過ぎてしまって起きた不慮の事故だ。普段からおねしょをしていたわけではないし、あのとき限りで、その後におねしょなんて……き、記憶にないからなッ!
「震え、止まりましたね」
本当だ。昔の恥ずかしい話ばかり掘り起こされて、もうあれこれ考えているのが馬鹿らしくなってしまったみたいだ。
コルレは握った俺の両手を、さらに強く握りしめた。
「だから、ゲンジ様に幻滅することなんてあるはずありませんよ」
「ありがとう、コルレ。そしたら、えっと……謁見の間の前までついてきてくれるか? 怖いからさ」
「最初からそのつもりですよ。全く、ゲンジ様は仕方がないですね」
言葉とは裏腹に、コルレは何だか嬉しそうだ。
恥ずかしくないと言えば嘘になる。だが、構わない。コルレには俺の弱みを嫌になるほど握られている。一つや二つ増えたところで、大したことではない。それよりも今はもう少しだけ、コルレと一緒に居たいと思った。
謁見の間までの道のりは、とても長く感じられた。まるで暗闇の中を歩いているようで、今すぐにでも引き返したかった。けれど、隣を見ればコルレが居た。コルレは、俺の行く先を照らす光だ。コルレと一緒ならば、本当に俺はどこまでだって行けそうだと思った。
俺たちはついに、謁見の間の扉前までやってきた。
「ここからは俺一人で行く」
「承知しました。私はこちらでお待ちしております」
追放されようと、コルレと一緒だったら大丈夫だと、心から信じられる。兄上とお会いするのはまだ怖いけれど、コルレは俺の帰りを待っていてくれる。だから、俺は立ち向かえる。
「ゲンジ殿下が到着されました」
「入りたまえ」
番人が扉を開けた。
謁見の間には、兄上の側近の護衛以外は誰も居なかった。静かな空間に、俺の足音だけがコツコツと響く。ピリピリとした空気を肌に感じる。
俺は、兄上の前で膝をついた。
「ゲンジよ、お前は冒険者の真似事にばかりかまけて、皇子としての責務を疎かにしていたな」
「待ってくださいッ! 俺は、父上を暗さ……」
「口を慎め」
おかしい、話が違うッ! 俺は皇帝暗殺の容疑が掛けられているはずなのに。……いや、そもそも皇帝暗殺で追放されるというのがおかしいんだ。帝国の法に則ると、皇帝暗殺は未遂であっても極刑である。追放程度で済むはずがない。
「話が漏れていたようだな……確かにお前をそのような罪で処刑するつもりだった。しかし、新たな皇帝の即位に血が流れるのは外聞が悪いという話になってな」
処刑されていたかもしれない……その事実が俺の心に突き刺さった。
「とはいえ、お前を皇宮に置くことが危険であるのもまた事実。よって、お前を帝都から追放することにした」
兄上にとって、俺は危険な存在だった。信じてもらえていなかった。俺は、兄上の顔を見ることができなかった。
「ゲンジよ。明日の日没までに、帝都からの退去を命じる」
そんな……あまりにも急すぎるッ!
だが、謁見の間で許可のない発言をすることは許されない。俺は黙って受け入れることしか出来なかった。
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