表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

1.父王の死

12月3日改稿しました。

――――――父上が倒れた。


 その知らせは、唐突なものだった。

 俺は冒険服のまま、皇宮へと馬を走らせた。

 そんなはずはない。だって父は、昨日までは普通に定例会議にも出席していたと聞いていたんだ。それなのに、どうしてッ!


 父上は帝国の皇帝だ。700年の帝国史で、初代皇帝にも勝るとも劣らない賢帝だと讃えられている。そんな父上を俺は尊敬していた。


 そして、帝国の第二皇子として生を受けた俺は、帝国の繁栄を支えられるように努力してきたんだ。父上のような偉大な人になることが、いつしか俺の夢になっていた。


 こうやって冒険者をやっているのも、父上の影響だ。学生時代の父は、学業や皇太子としての務めの傍ら、冒険者としても名を馳せていた。初代皇帝時代の石碑の一つを発見したのも、父上だ。

 そんな父上が倒れたなんて……。


 皇宮に着くと、父上の側近に迎えられた。


「お待ちしておりました、ゲンジ殿下。陛下のところへご案内いたします」


 久しぶりだな……。

 最後に父上と会ったのは五年前、俺が10歳のときだった。何を話したかは思い出せないけれど、父上が俺に会いに来てくれたのがとても嬉しかったことだけはハッキリしている。


 ギイィという音がした。身体の芯に響くような鈍い音。側近が父上のいる部屋の扉を開けたのだ。次の瞬間、俺は側近の制止も振り切って父上の元に駆け出していた。


 五年ぶりに会った父上は、ベッドの上で今にも消えてしまいそうだった。髪も、顔も、白くて。部屋に充満する嫌な臭いが、父上の命がもう長くはないことを思い知らせる。


「……父上ッ!!」


 父上の瞼がピクリと動く。まだ意識がある! 俺は何度も父上を呼んだ。


「……最期に、会いにきて、くれたのか」


 その掠れた声に心臓が高鳴った。父上の声だッ!


「……愛して、いるよ」


「俺も、俺も……ッ!!」


 そのとき、思考にモヤがかかったような気がした。あぁ、確か父上の()()は……。






 側近たちがこちらを見て何か話しているが、もうそんなのどうだっていい。

 ああ、父上のことがこんなにも愛おしい……。父上のためなら、全てを捧げられるッ! 愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる? 愛してる、愛してるッ! あい、あい、あいして、るッ!


「おれはッ、どう、どうすればいい!?」


「……そのままで、よい。朕は、そのままのお前を、愛しているのだ」


 あいしてる、あいし、てる、あい、し、て、る。


「……愛しているよ、()()()()()()


 ふりゅーげる……ッ?!

 おれのことじゃ、ないのか? だれだよ、ふりゅーげるって。なにそれ、じゃあ、げんじは、おれの ことはッ!?


「お、お、おれは……げんじで」


「……いいや、お前はフリューゲルだ。見間違えるはずが、ない」


 ちちうえ の ひとみ は おれ を みつめている。なのに、おれ を みていないような き が する。おれじゃないだれかを、ふりゅーげるをみているッ……!


「おおおお、おれはッ! ちちうえのむすこですッ!」


「……お前は朕の息子ではない」


「え」


 ち、ちちうえ は いしき が もーろーとしているだけだ。そうにちがいない。そうだ。


「……他の者と子など、為したくはなかった。後にも先にも、正妃とのあの一夜きりだ」


 え、そんな……だっておれは、()()()()のこどもなんだ。じゃあ、おれ は ちちうえ の むすこ じゃないの? いやだ、いやだ、いやだッ!


「……そんなことよりフリューゲル。最期に、お前との思い出話に花を咲かせたいのだが」


「え、え、あ……」


 うっ、だれ……? あにうえだ。


 ルクス兄上だッ! いつの間に兄様が来ていたのだろうか。

 兄上と目を合わせた瞬間、思考のモヤが晴れた。今なら、先ほどまでの俺の異常さを認識できる。


「ゲンジ……後のことは私に任せて、先に外へ出ていなさい」


 兄上は、俺がこれ以上傷付くのを避けたいのだろう。尊敬していた父上。会う機会こそなかったけれど俺を愛してくれていると思っていた。信じてきたものが、音を立てて足元からガラガラと崩れていく。俺だって、もうこんなの聞きたくないよッ! でも……ッ!


「いいえ兄上。俺は聞かなければなりません」


 兄上は、しばらくじっと目を合わせてから、やれやれと言わんばかりの表情で頷いた。

 今俺はひどい顔をしているだろう。今にも声をあげて泣いてしまいそうなのを必死に堪えているのだから。

 でも、俺は聞かなきゃいけない。知らなければならない。父上のことも、父上が愛したフリューゲルという女性のこともッ!


 あぁ本当に、幸せそうな顔で死んでいった……。父上は事切れるその瞬間まで、フリューゲルとの思い出を語り続けた。俺や兄上への言葉すら遺さずに。


 その後、俺はすぐに皇宮御抱えの医師のところへ連れていかれた。父上の声に当てられたからだろう。あれはまずかった。


 皇族にだけ現れる『幻惑』の異能。特定の行動をトリガーにして人を惑わす魔性の力だ。時の皇帝たちは、この異能を外交や内政といったあらゆる場面で用いることで、帝国を発展させてきたらしい。この事実は、皇族と一部の人間にしかしられていない。


 父上は、声を聞いた人の自分に対する好意を極限まで増幅させる異能を持っていた。あのときの俺は、父上の幻惑にまんまとかかってしまったのだ。


「陛下のお力を全て一人で受けていらっしゃいましたからね。皇太子殿下がいらっしゃらなければ、命に関わる状態でしたよ」


 俺を愛人(フリューゲル)と見間違えた父上は、俺だけに幻惑を集中させていた。本来、異能は皇族に効きにくいという性質がある。にも関わらず、俺が完全に影響を受けてしまったのは、それが原因だと医師は言っていた。


 だが、俺は違う可能性を考えていた。


――――――お前は朕の息子ではない


 あの言葉が本当だとするならば、俺は皇族の血を引いていない可能性がある。だとすると、幻惑が効いてしまったのも納得できる。


 尊敬する偉大な父上なんて人は、はじめから居なかったんだッ! 俺は今まで何を見てきたんだろう……。ああ、何も見ていなかったんだ。


 俺は父上のことを何も知らない。


 それに気づいたあのとき、知りたいと思った。俺にとってどんなにつらい事実だったとしても、父上の過去を聞かなければいけないと思ったんだ。そうじゃないと、本当の意味で父上と向き合えないから。


 俺は皇宮にある自室に戻ると、そのままベッドに横たわった。まだ早いけれど、今日はこのまま寝てしまおう。

 目を瞑ってみるが、眠れない。どうしてもあの言葉が頭から離れない。


 どれくらいの時間、そうしていただろうか。その永遠にも思える静寂は、ドアをノックする音で破られた。


「ゲンジ様、急ぎの知らせです。入ってもよろしいでしょうか」


「ああ」


 入ってきたのは、俺の専属侍女であるコルレだった。コルレの母は俺の乳母で、小さい頃は姉弟のように育てられてきた。そうだ、もしかしたら彼女なら俺の本当の父親を知っているかもしれない。


「俺の本当の……」


「大変です、ゲンジ様を帝都から追放する動きが起こっています」


「は?」


 降って湧いたような話だった。父上が亡くなったのは今日だ。皇帝の崩御でそれどころではないはずなのにッ!


「詳しく教えてくれ」


「はい。先程行われた臨時会議にて、ゲンジ様に皇帝陛下暗殺の容疑が掛けられました」


 いやいや、兄上や側近たちも一緒に居たのだから、そんな疑いはすぐに晴れるはずだ。何を心配する必要があるんだ。


「誰だよ、そんな馬鹿げた言い掛かりをつけたのは」


「正妃カイザリーン様です。正妃様は、今回の件を好機と見て、新皇帝に対抗し得るゲンジ様を排除するおつもりでしょう」


 あぁ、彼女ならやりそうだ。

 正妃カイザリーン。現皇太子である兄上の母であり、政界に強い影響力を持つ人物だ。彼女の実家であるヒステリア公爵家は、母上の実家であるタクラン公爵家と犬猿の仲で、俺のことを目の敵にしている。

 昔から兄上には、とても良くしてもらっている。それでも俺は、兄上の母である彼女のことが苦手だ。


「兄上は……」


「追放の決定を下されたのは……殿下です」


「嘘だろ!? いやいや、そんなこと……あるわけ……ッ!」


 あるわけない、とは言えなかった。俺は父上のことを何も分かっていなかった。兄上のことだって、分かっていると思い込んでいただけかもしれない。

 兄上は本当は俺のことが邪魔だったのだろうか……。じゃあ、いつも俺のことを助けてくれたのはどうしてッ……!


「じゃあ、俺は……誰を信じればいいんだよッ!!」


 自分でもびっくりするほど大きな声だった。視界が歪んで、目が熱くなって、息が苦しい。


 ドンッという音と共に衝撃が走る。コルレが俺を抱き締めていたのだ。


「私を信じてください、ゲンジ様。例え世界の全てを敵に回そうと、私だけは貴方の味方です」


 コルレの温度が、感触が、息遣いが直接伝わってくる。そうだった、昔からこうしてくれたな。母上が亡くなって、塞ぎ込んでいたときも、コルレは俺を抱き締めてくれた。


「大丈夫です。ゲンジ様がどこへ行こうとも、私はついていきますよ」


 ずっと溜まっていたものが目からぽろぽろとこぼれ落ちる。

 もう、いいんだ。我慢しなくていいんだ。


 その日は、俺が寝付くまでコルレが横にいてくれた。さっきまで、嫌なことばかり頭に浮かんでいたのが、嘘みたいだ。びっくりするほどよく眠れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ