男児的思考回路令嬢の華麗なる体育祭
(もし転移魔法が使えたら、私の膀胱に溜まった尿を今この瞬間に校長の膀胱へ転移させるのに…)
今日は学校行事である体育祭の日。
学年問わず4つに割り振られたチーム対抗戦で、生徒たちは己の身体能力と魔法を使い勝ち星を競う。ちなみにこれが一週間も続く。長過ぎだと思う。
校長の話というものは異世界であっても長くて退屈という驚きの事実に、ついあくびを噛み殺した。
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ここは、大陸唯一の魔法学校であるフォーチュンマジック学園。七歳の時初めて学校の存在を知り、学校名のあまりのダサさの衝撃で、日本で暮らしてた前世の記憶ってやつを思い出した。
前世の記憶といってもおぼろげで、ほとんど覚えてない。でもこのゲームのことはなぜか覚えていた。
どうやら私は乙女ゲームの『フォーチュン⭐︎マジック!』の世界に転生してしまった!
……乙女ゲーの世界に転生したが、ひとつ困ったことがある。それは私は前世で一度も乙女ゲームをやったことがない事。
友人が乙女ゲーが好きで、度々話題に出してたから知っていただけだ。主人公も攻略キャラも覚えてないけどね!
フォーチュンマジック学園…通称チュンマジは、国や階級問わず魔法の才能がある若者だったら誰でも入学ができる、ユルユル入学制度。ただし、入学は簡単でも卒業できる生徒はごく僅か。なぜって?過酷な実技授業、解かせる気のない進級テストで多くの生徒が振るいにかけられ、脱落していくからだよ!
そう、チュンマジはゲームバランスが崩壊してる糞ゲーだった!友人は確かそう怒ってた。
でもまあ、たとえ糞ゲーでも乙女ゲーだからイラストだけはよかった。
私は鏡で自分の顔を確認して、あまりのキューティー幼女っぷりに人生ウルトラ勝ち組SSR宣言したよね。ツヤッツヤなブラウンの髪の毛に、大きくクリッとした目の中には、深い青の瞳。
辞書で「愛らしい」って調べたら、「スピカ・ヴィルゴ」って私の名前が載っているに違いない…なーんて思った時期もありました。
乙女ゲーだからか私に限らず、猫も老人もメイドもみんな顔がいい。どうやら私の顔面偏差値はこの世界では中の中くらいの扱いだった。
ていうか二つ下の妹が滅茶苦茶にかわいい。これはメインヒロインの顔してる。となると私はモブキャラなんだろうな。なんの責任も使命も無いの最高ー!
世界を揺るがす美少女じゃなかったことにガッカリはしたけど、この世界には魔法がある。しかも私はどうやらモブキャラの可能性が高い。物語の強制力?とかはきっと関係ない!
庭の芝にミステリーサークルを描いたり、肉体強化魔法で木に登り『ニンゲンモリニハイルナ』ごっこしたり、池の水を全部抜いてみたり。初めての魔法に浮かれまくった私は、あっという間に両親からイタズラ小僧の問題児の烙印を押された。
そして地獄のようなマナーレッスンの日々が始まった。常に監視の目がひかり、一にマナー、二にマナー、三四がなくて、五にゲンコツだった。
両親は、私が問題児であることを外に出ないように細心の注意を払っていたらしい。
なんの情報もない、私がどこのお茶会や社交場にも現れないせいで『ヴィルゴ男爵家の秘宝』なんて、人々は噂していたーーー実はお茶会に一回だけ出たことがあるんだけど、お兄様と言う名の陰険嫌味クソ野郎のオヤツに、激辛調味料を仕込んだため即退場となったことがある。そこからは信頼が底辺突き抜けたらしくて、どこにも出してもらえなかった。
長年のお小言、お叱り、ご指導、調教により私のイタズラ心は消滅したかのように思えた…が、それは表に出さないだけだった。
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(私は前世じゃバラエティ番組とか、ホビアニとかギャグ漫画とか格ゲーが好きだったんだもん。いるのか知らないけど、転生させる魂が完全に人選ミスだよ神様)
前世を思い出した当初は、肉体の実年齢に引っ張られたせいか、悪たれの限りを尽くしていた。その後の長期にわたるマナーレッスンみたいな地獄のおかげで、所作は完璧に美しくなった。ただ思考回路はあまり成長せず、相変わらずイタズラや「だったら面白いな」ってことばかり考えていた。
(ああ、もしもこの校庭に暴れ狂う千頭の牛が乱入したらこの体育祭も中止するかしら)
牛が暴れ狂う姿を想像してつい頬が弛んでしまう。いいぞ!やれ!備品を破壊しろ!
「なにスピカは一人で、ニコニコしているんだい?」
近くに人がいた、気まずい。声のした方を向くと同じクラスの、エル・ライブラ様だった。侯爵家の長男で第一王子の側近候補だ。
鮭の皮のような黒銀のゆるゆるふわっとした髪の毛に、鮭の身のようなオレンジの瞳。多分乙女ゲーの攻略対象だと思う。知らんけど。
一ヶ月くらい前、たまたま私がドングリを持ってた時に、この男に妙に懐かれてしまった。
この男はドングリが大好きマンだと私はにらんでいる。
私の持ってた全ドングリを没収したから間違いない。今でもたまに「今日はドングリ持ってる?」って徴収してくるから筋金入りなんだと思う。怖い。
しかも名前呼びを強要してくるし、私のことも勝手に呼び捨てにしてくる。怖すぎる。
「……牛のことを考えてましたの」
「え?牛?なんで急に牛なんだい?」
君は相変わらずおかしいねぇ!なんてカラカラと笑うけど、素直に言えるわけないじゃない。数々の失敗により「口は災いの元」と学習した私は、思ってることの二割だけ喋るようにしている。
「スピカは今日は飴食い競争と、借り物競争だっけ?」
「はい。エル様は?」
「僕はパン食い競争と、棒倒しだよ」
この世界がもともと日本の乙女ゲーのせいか、競技がものすごくバラエティ運動会なんだよなぁ。
「さっそく出番だ。見ててねスピカ」
一年生のパン食い競争のアナウンスが鳴ると、エル様は走って行った。スタート地点には四人のド級のイケメンが並んでてあそこだけ二次元空間になってた。
右から第一王子のリオル・サジタリウス・アウストラリス殿下。王国騎士団長の息子であるタウラ・プレヤデス。学園一魔法が上手なアクべ・キャンサー。で、最後がエル様。
ビックリするほど顔がいい男しかいないし、全員将来有望株。多分全員攻略対象だと思う。知らんけど。
周りの女子生徒も「ちぎれたゴール紐持って帰っていいかな?」「あそこの空気、病に効きそう」「パンになりたい…」とギラギラと目を光らせ盛り上がってる。
もしもスタートの合図をする教員が「これから競りを開始します」と言ったら初競りのマグロみたいに白熱するんだろうな。ふふふ。
冷凍マグロみたいに滑ってくるエル様のことを考えてたらスターターの乾いた音が響いた。イケメン四人が我先にと必死に飛び跳ねパンに食らいつく。
「きゃーーーーーー!!」
女子の歓喜の悲鳴が響く。それもそのはず。飛び跳ねるたびにイケメンたちの逞しい腹筋と、かわいいおヘソがチラリとするからだ。そんなに上着めくれるぅ?物理演算間違ってない?
女子生徒のボルテージはグングン上がってるが、飛び跳ねてる四人は必死そう。どうやら魔法でパンが焼きたての熱さになってたり、大地から草が生えて足を縛りつけて妨害したり、風魔法でパンがなびいてるせいみたい。
あっ!エル様と殿下が同時にパンを咥えて…ああ〜殿下がパンを落とした!エル様の勝利だ!
「アハハ!スピカ見てたかい?」
「一位おめでとうございます。パン食い競争のパンって、何パンですか?」
「んーと、アンパンだね。一緒に食べるかい?あ……」
エル様がパンを袋から取り出すと、パンにはくっきりと歯形が。歯型がついたパンはいらないので辞退すると、エル様からジトっと睨まれた。
前世含めての、はじめての飴食い競争は面白かった。なんせ粉まみれになることって人生で中々ないからね。始まる前は『粉が塩だったら大変だな』とか考えてたけど、ちゃんと片栗粉だった。偉いな〜。
対戦相手は風魔法を使って粉を飛ばそうとしたら飴ごと全部吹っ飛ばしたりしてた。私は真っ向勝負で顔を突っ込んで顔面を真っ白にしてゴールした。全校生徒から笑われたり引かれたりしたけど、手を振っといた。
そして棒倒し、凄かった。
これは男子生徒限定の種目だったんだけど、この世界は顔面偏差値が高いから目に入るもの全てがイケメン。あっちもイケメン。こっちもイケメン。種目名を『イケメン万華鏡』に変えても誰も文句を言うまい。
うちのチームは負けてしまったけど、まわりの女子生徒が「あの棒は国宝にすべきよ!」「わたくし寿命が延びましたわ!」なんて拍手してて面白かった。
あの棒が油まみれだったら大変だろうなって考えてたり、樹液に集まるカブトムシってこんな感じかなって考えてたら、私の出る借り物競争の時間になってしまった。
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初めてスピカ・ヴィルゴに声をかけたのは、ただの興味本位だった。だって下位貴族たちが噂しているあの『ヴィルゴ男爵家の秘宝』なんて呼ばれてる女の子だよ?興味が無い訳がない。
しかし見た目はあんがい普通だし、話すと口数は少ないし、何考えてるのかよく分かんない子で正直とてもガッカリした。
でもそんな認識を改めたのは、一ヶ月前の放課後の出来事があったからだ。
彼女はその噂のせいで、僕以外の高位貴族からも声をかけられ、それを見た他の令嬢から嫌がらせのようなものを受けていた。でも本人は何も言わないし気にしてないみたいだし、よくある事だと思って誰も気にもとめていなかった。
ある日、忘れ物をして誰もいないはずの放課後の教室に戻ると、スピカは一人教室に残っていた。巾着袋を手に持ち、とある女子生徒の机の前にいた。
「ヴィルゴ嬢?何をしているんだい?」
「報復…です!」
その机の持ち主は、特にスピカに強く当たる女子生徒のものだった。話を聞くとあんなに言われて自分だって流石に怒ってる、言い返しているが全然収まらない。つい先日自分の持ち物を壊され、とうとうやり返すことにしたらしいのだが。
「今日からこのドングリを彼女の持ち物に、毎日ひとつ忍ばせます!」
手口が陰険すぎてびっくりした。リスかな?しかし、はたしてそれは報復になるのか…?
「彼女が気づかないなら、それならそれでいいんです!こんなにすました顔の彼女の鞄にはドングリが入っている、と思うだけでおもしろ…スッキリします!」
とりあえず手元のドングリを全て没収、今日が初犯ということでやめるように言った。
「明日からこの俺を防波堤代わりに使えばいい。君に近づく男子生徒も追っ払うし、嫌がらせをする女子生徒がいないか目を光らせてやろう」
彼女は男爵家の生まれだが、俺は侯爵だし大体の貴族にも強く出れる立場だ。
…それにしても、初対面の時の大人しさはなりを潜め、随分と言ってることが破天荒だ。きっとこれが、取り繕っていない彼女なんだ。そう思うと心が躍った。
だから、この提案は本当にただの親切心だったんだがー…
「何が目的ですか。まさかドングリのお礼に…!?」
僕は貴族らしい振る舞いを忘れて涙が出るほど笑ってしまった。
こんなに声に出して笑うのは久しぶりだった。
今でもたまに「今日はドングリ持ってる?」って聞くとスピカはポケットからドングリを出してくる時がある。この間は「そんなにドングリ好きなんですか…」って呆れられた。いや、ドングリとかいらないし。
いらないけど、もらったドングリはひとつだって捨てられないでいるから、あながち嘘では無いのかもしれないが。
◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆
他の生徒と比べると僕が一番彼女と仲良くしていると思うが、まだまだな気がしている。
ファーストネームで呼び合えば仲良くなれる気がして、呼ぶようにお願いした。それでも壁を感じる。
スピカともっと仲良くなるには、どうしたらいいんだろう。
借り物競争で走るスピカを眺めながら、そんなことを考える。走るたびに揺れる、あの髪に手を触れ…いやいやいや何考えてる。
スピカが借りる物が書かれた紙を手に取り、なにやら狼狽えている。一体何が書かれているんだ。
ん、スピカがこっちに向かって走ってきて…え?僕の方に向かってる?
「エル様」
彼女に手を差し出され、僕は訳がわからなかったが無意識で手を取り、彼女とゴールに向かって一緒に走り出した。
スピカとはじめて手を繋いでる。
繋いだ手は小さくて、柔らかくて、僕とは違ってとても滑らかだ。
胸のドキドキが止まらない。その紙には一体なんて書かれているんだい?
男?クラスメイト?友達?それとも…好きな人…?
もしも、好きな人だったら、僕はどうしよう…僕は…
僕も…
一着でゴールに着いた。あとは、そのお題の答え合わせを審判を務めてる教員とすれば本当にゴールだ。
「えーと、スピカ・ヴィルゴのお題はー……えっ?」
えっ?ってなんだ、えっ?とは。困った顔で僕の顔を見つめるのはやめたまえ。
「スピカ・ヴィルゴ。お題は『カブトムシ』とあるが」
「はい。エル様が樹液で、私がカブトムシです」
じゅえき………樹液かー…。いや、まあ、うん。スピカは常日頃から、何考えてんのかよくわかんないとこあるし。樹液かー。
逆に僕がカブトムシで、スピカが樹液だと急に卑猥な気配がするし。ああもう運営スタッフと教員たちが集まってきて、話し合いが始まっちゃったよ。
スピカの方を見てみるとニッコリ笑いながら
「一緒に走るの、面白かったですね」
って。はー、もう。本当にも〜…
顔が赤いのは走ったせいだよ。まったく。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
カブトムシってお題見て、そんなもん持ち歩く人いるかよって思ったよね。これ書いたやつ落第しないかな。
でも借り物競走ってトンチ解答でもきっといいはずって閃いたら、そりゃーさっきの棒倒しのことを思い出したよね。だから男子の中で唯一交流のあるエル様とこうして走ってる訳だけど…
突然「お前はカブトムシ」って言われたら流石に怒るよね。
しかもエル様、高位貴族の令息だしね。
気がついたら血の気が一気にひいた。え?まずい?処させる???まずいよなぁ〜!?でもここまで連れてきてリリースするのもまずいよなぁ〜!?だからゴールについてアプローチをちょっとかえたよね。
私がカブトムシだ!ってね。
前世でそういう歌あったよね。メロディーしか知らないから、どんな歌か知らんけど。
高位貴族にへばりつく男爵家の生まれっすへへっていうなかなかの卑屈と皮肉にとんだトンチだと思うんだけど。
駄目かな?ってニコニコしてみたけど、樹液扱いされたエル様は顔を赤くして怒ってた。ダメか〜
わたしは恋をして思考回路と発言がおかしくなっちゃう男が好きです