27.階段落下事件
徐々に創立記念日が近づいてくる。
手先達やそれに唆されたもの達に、マーガレットが心無い言葉をすれ違いざまに投げかけられる事が増えてきた。
それは同じ婚約者の立場にある、ルルーシュも同じだ。
彼らは自分達より身分の高い公爵令嬢を貶めることに醜い快感を覚えるのだろうか、マーガレットに対する態度はより酷い。
マーガレットがその言葉に傷つき、顔を曇らせ、俯くと、彼らの顔にいやらしい笑顔が浮かぶ。
彼らは全く気がついていない。自分達が篩にかけられている事を。たとえ学生であっても、貴族としての姿勢はあるのだから。
婚約者立場でルルーシュは常にマーガレットと、共にいる。
さすがに最近の彼女を貶める態度は酷すぎると、ルルーシュは怒りが湧く。
ゲームではあまり気にしていなかったが、実際に目にすれば、酷すぎるし、あまりに醜い。
「マーガレット様、大丈夫ですか?お辛いでしょうが、あと少しです。」
「ルルーシュさん、大丈夫よ。そんなに顔色が悪く見える?」
「ええ、少しお休みになった方が。」
「まあ、凄いわね!これ、マックスから貰ったクリームなのよ。」
「え?マックス?」
そう言えば、先日、オルタンシア公爵家から、マーガレットに届け物があったのをおもいだした。
最近、マーガレットの元に現れる、従僕や馭者は、全て公爵の了承の元、マックスの手の者にすり変わっている。
「ええ、このクリームを塗ると、顔色が悪くなって見えるらしいの。凄いわね、ハモンド侯爵家。」
「びっくりしました。」
「ねえルルーシュさん、私、今回の事で、色々勉強しましたわ。貴族が表情を顕にしない事の重要さや、武器を使わなくても、騒乱を起こせる可能性。これからカーライル様を支えて国を守っていくものとして、考えなくてはならない事が沢山あるのだと言うこと。」
「マーガレット様。」
ルルーシュは思った。この方は、真に皇妃たる方なのだと。自分はこの現実の世界で、マックスと共に、彼らを支える存在になりたい。だからこそ、ローガン公爵達が憎らしいと、思った。
ローガン公爵は部下達の報告に満足気な頷きを返す。
どんなに幼い頃から教育を受けたと言え、所詮はこどもだ。簡単に立場を忘れて女にうつつを抜かす。
騒ぎを起こせば、たとえ、他の後継者が居ないとしても、陛下の失望はある筈だ。
その上、彼が殺されれば、後継者問題が持ち上がる。あの愛妾の赤ん坊が自然死をしたと告げた時の陛下は、その事を信じていないようだったと、父は自信を持っていた。
だから、自分は陛下にそっと告げるのだ。あの時の赤ん坊、あなたの弟は生きていますと。そして、その娘も居ますよと。その時、自分を嫌悪する陛下はどんな顔をするのだろうか?
自分に縋るのだろうか?今まで悪かったと謝罪するのだろうか?その時、自分はなんと言って、陛下を許して差し上げようか。
学生の頃の事をずっと根に持って、代々宰相を務めてきた我が家を外した陛下への恨みは大きい。
永く永く待っていた。父の一手が今生きるのだ。
マテウス大司教はローガン公爵からの手紙を何度も繰り返し読んだ。幼い頃から教会で育った彼だが、その彼を見守ってくれたのは先代と共に現公爵だ。
様々な教育を与えられ、大司教になる時の後押しもして貰った。何度感謝してもしきれない。
それと共に、彼らには恨みがある。正妃の息子の継承問題を避けるため、我が子を見捨てた先代陛下、自分を日陰者にしたオルタンシア公爵と、マクスウェル宰相。そして、自分の育て親になってくれたはずの侍女とその伴侶である騎士を殺害したハモンド侯爵。
マテウスは彼らを人として許す事ができない。
若かりし頃の一度の過ちで産まれた娘。ローガン公爵がずっと見守ってくれていた、話した事もない娘。
娘には、今まで苦労させてしまった。ローガン公爵が書いたシナリオ通りに行けば、娘は、皇太子妃になれるという。何もしてやれなかった親として、最高の地位につけてやりたい。
彼はあの娘にもある、左手首の星型の痣を指先でそっと撫でた。
マリアンヌは彼女の支援者を名乗るものから、マーガレットがマリアンヌを傷つけたという冤罪事件を起こすよう、勧められた。目撃者も、マーガレット役も用意する。
だから、マリアンヌは、ただ、マーガレットの名前を叫べば良いと。
遂に来た。マリアンヌは顔色を無くしながらも、しっかりと彼らに頷いた。
階段に呼び出されたマリアンヌは、マーガレット役の女子生徒に、踊り場の上から、突き飛ばされた。
数段と思っていたマリアンヌは、まさか、踊り場から突き落とされるとは思っても見なかった。
死んじゃう!死にたくない!!
彼女の体が、床に打ち付けられる手前で、ふわりと何かに包まれた。気づけば、階段の下で、マックスに抱えられて、倒れていた。
「マ、マックス様。」
「怪我は無いか?」
「は、はい。」
「私、見ました!マリアンヌ様を女子生徒が突き飛ばしたんです!!!」
目撃者役の女子生徒は、周りに響くような大声で叫んだ。
「なんて酷い!顔は?誰がやったんだ!」
「顔は見えなかったけど、栗色の巻き毛でした。」
途端に周りがザワザワしだす。栗色の巻き毛はマーガレットだ。周りの騒ぎ声を聞き、近くの図書室に一人でいた、マーガレットが姿を表すと、その場にいた全員が、彼女に注目した。
「栗色の巻き毛。まさか、マーガレット様が……」
マックスは、マリアンヌを立たせると、厳しい表情でマーガレットを見つめた。人々の自分を責めるような目に、マーガレットは、戦きながら、逃げるようにその場を後にした。
その後、学園には、今日の事件が、まことしやかに人から人へと伝えられていった。
そして、遂に創立記念パーティーの日がやってきた。