13.行き違い
本日2回目の投稿です。
マックスがルルーシュを伴い、マリアンヌが居る娼館を訪ねたのは少しぐずつく天気の日で、今にも降りそうな空模様だった。
「マックス、あそこなの?」
「そうだ。あそこで下働きをしている。」
ルルーシュが知るマリアンヌは、そんな設定ではなかった。
貧しくても優しい両親に育てられた、幸せな少女だったのに。
その時、娼館から一人の女性が飛び出してきた。
後ろから出てきた男に腕を掴まれ、振りほどこうとしたところで、頬を殴られて地面に倒れた。
思わずルルーシュから小さな悲鳴が零れる。見物人の中から、一人の男が現れて、女性を更に殴ろうとする男の手を止めた。
「おい、おっさんやめろよ。商売もんじゃ無いのか?」
「そうだよ。躾てるんだ。余計な口を出すな!」
「私は体を売らないって言ってるだろぉ!!」
「お前を買いたいって客がいるんだ。文句を言うな!」
「嫌!絶対に嫌!」
女性の強い拒絶の声が辺りに響く。
女性は立ち上がると、顔にかかった髪をかきあげて、娼館主を睨みつけた。
顕になった顔は、見間違えようもない。マリアンヌの顔だった。
「マックス様、彼女がマリアンヌなのでしょうか?」
「そうだ。」
「なんて激しい。」
楚々とした儚げなマリアンヌ。しかし、今、目にする女性は、全身から炎が吹き上がりそうな激しさを見せている。
二人が彼女に近づこうとした時、一台の馬車がその目の前を横切り、娼館の前にとまった。
馬車が邪魔で、何がおきているか見ることができない。
しかし、マックスの耳は彼らの会話を拾っていた。
「何を騒いでいる。約束の娘を引き取りに来たと言うのに、こんな目立つ真似をして、どういうつもりだ。」
「へ、へえ、すみません。こいつが言うことを聞かなくて。」
女性のくぐもった声と、身じろぐ音が聞こえた。おそらく縛られ、猿轡を噛ませられているのだろう。
野次馬達も馬車のせいで、全く何も見聞き出来なくなったので、つまらないと、離れていった。
「余分な痣まで。」
「そいつが逆らうから。」
「まあ、いい。この娘は貰っていく。わかっているだろうが、他言無用だ。いいな。」
「それはもちろんですとも。俺は口が固いのが自慢なんですよ。」
馬車には二人の男が乗っていたようだ。異なる足音が聞こえる。馬車は通り過ぎる時に確認したが、家紋は入っていなかった。
マックスは走り去る馬車を一瞥する。さっき割り込もうとした野次馬がそれを受けて、空を見上げた。
屋根の上に黒い影が現れて、消えた。
マックスの影である、五人はそれぞれ、10人から20人の配下を持つ。彼ら自身が選んだ配下はマックスすら名前も顔も知らない。
今、屋根の上、馬車を追っていったのはタルカンの配下のものだった。
それから2週間後、聖なる力を持つ乙女が現れたという評判が巷に流れ、王家で保護されたと発表された。
そして、しがない娼館の主が酒に酔って川で溺死した事件は、その陰で、誰にも興味を持たれることなく、忘れ去られた。
娼館で働いていた女達はバラバラにほかの店に移ったが、ほんの数人だけが、田舎に帰ると言って、姿を消した。
その中に馬車で連れ去られた女性の妹分がいた事など、知るものはいない。
間もなく長期休暇が終わろうとしている時、マックスとルルーシュはハモンド家の別荘に、二人の母親と共に遊びに来ていた。
皇都は夏の暑さで、うだるようだ。ハモンド家の別荘は少し北部の小高い森の中にあり、朝晩は少し肌寒く感じるほどだ。
日頃あまり訪れるものが居ないと思えない程に手入れの行き届いた庭園は、都の屋敷とは異なる趣の、緑が濃い庭で、葉擦れの音が心地良い。渡る風に髪が揺れるのも爽やかだ。
「ハンスお茶をお願い。」
「はい。奥様。」
ハンスがレモングラスのハーブティーをいれてハンナ夫人とイザベル夫人の前に置く。
「まあ、なんて爽やかなお茶でしょう。」
「そうでしょう?我が家の中でも、このお茶に関しては、ハンスが一番上手なのよ。」
「ハモンド家に仕える方々は皆さんお茶の入れ方がお上手ね。」
「あら、そうでも無いのよ。主人の側近はどうもお茶の入れ方があまり上手ではなくて。でもね、彼の焼くパンケーキは絶品なの。戻ったらフルーツたっぷりのパンケーキをご馳走するわね。」
「まあ、食べてみたいけど、側近の方はお忙しいのでしょ?そんなお手間はかけられないわ。」
「大丈夫。それはそれは手際よく焼いてくれるから。」
母達二人の会話は留まるところを知らない。
次から次へと、よく話題が尽きないものだと、マックスは感心している。同じ女性のルルーシュさえ、あの二人にはついていけないらしい。
話の途中から、二人は席を外すと、別荘の裏の林の中にある泉までやってきた。ここは木がこんもりと茂り、良い日陰ができていて、のんびりするには最適なのだ。
「マリアンヌさん、結局、お話することもできなかったわね。」
「すまない。」
「マックス、謝らないで。あなたのせいではないわ。」
「だが。」
「あなたのおかげで、マリアンヌさんが、あの見た目通りの人では無いとわかったのよ。あんな炎のような人が、ただ、虐められてたって言うのはおかしいわ。」
「そうだな。」
「あの娼館から居なくなった後、どこに行ったのかしら?」
マックスは答えることに一瞬躊躇した。もちろん彼は報告を受けていたから、知っている。しかし、それは彼女も知っていい内容では無いと思うのだ。知るには危険がある場所。
「分からないな。」
「そうなのよね。それでね、私、次は彼女の両親を調べてみたいの。」
「両親?」
「そうよ。だって、あんな場所に居たのよ。優しい両親に貧しいながらも大切に育てられたと言うのとは違うでしょ?今は彼女の話題で持ち切りだから、私達が近づいても不自然じゃないと思うの。」
「では戻ったら行ってみよう。貴族の姿では相手も話しづらいだろうから、少し変装をしようか。この間、市場に行ったみたいに。」
「変装?!」
「そう。」
「この前の服?それとも別の?」
「どんな変装が良いか相談しよう。俺は苦手だから、ルルーシュに考えて欲しい。」
「任せて!!」