1.断罪
乙女ゲームのキャラ達が暴れる物が描きたくて。
読んで頂けると嬉しいです。
「マーガレット・オルタンシア、そなたは皇太子妃に相応しくない悪辣な行為を繰り返して来た。私、カーライル・フォン・ゼナパルトは、この場でそなたとの婚約破棄を宣言する。」
学園の卒業パーティでカーライル皇太子殿下が婚約破棄を婚約者である、オルタンシア公爵令嬢に宣言するのを聞きながら、彼の後ろに控えていた。
カーライル皇太子殿下は、その背に小さく震えるマリアンヌ男爵令嬢を庇うように立っていて、俺は、心優しい彼女が、例え、自分に非道な真似をした相手とはいえ、断罪する場面に立ち会わせることを心苦しく思っていた。
「カーライル様、私が何をしたと仰るのでしょうか?」
「マーガレット、そなたは自分が何をなしたかも理解できていないのか!?」
「分かりません。私は何も非難されるような事は致しておりません。」
マーガレット公爵令嬢は、カーライル皇太子殿下の厳しい態度にも反省の色は見せない。俺は出来れば令嬢に反省し、謝罪して欲しかった。
騎士団長の息子として、子どもの頃からお見かけしていた方だ。その華やかな容姿に、音楽のような柔らかい声音に、憧れを抱いた事もあった。
けれど、令嬢は嫉妬からか、マリアンヌ嬢を虐めるようになり、華やかな容姿も陰り、表情も暗くなった。
殿下も皇帝陛下より聖女であるマリアンヌ嬢を、学園で大切にするよう指示されていて、他の生徒より近しく接するのは仕方がない事だった。
マーガレット嬢には、その説明もされていたのにもかかわらず、遂には怪我を負わせるような真似までも。
俺はマーガレット嬢のなした悪行を調べあげ、カーライル殿下に報告書をあげた宰相閣下の息子である、ギリアン・マクスウェルに目をやった。
彼は自分の報告内容を否定された事に、酷く苛立っている。それは、そうだろう。何人もの人間に話を聞き、やっと証拠を集めたのだ。簡単な事ではない。
相手は、あのオルタンシア公爵の令嬢なのだ。簡単に断罪できる相手では無い。
俺が周りを見ながら、思いを巡らしている間に、遂にカーライル殿下は彼女に最後の一言を突きつけた。
「マーガレット、そなたが深く反省し、謝罪を述べれば、これ迄の婚約者としての情から穏便に済ませようと思っていた。しかし、このように強情な態度を取り続けるならば、もう私の温情も不要であろう。そなたには国外追放を命じる。」
「…………何を言っても聞き入れては頂けないのですね。わかりました。屋敷に戻り、支度を致します。」
「いや、逃亡の可能性もある。入口に馬車を用意した。国境までその馬車に乗り、すぐに旅立つように。」
「そんな!私になんの支度もせず、旅立てと仰るのですか?!」
「必要なものはマリアンヌが、馬車に用意してくれた。」
マーガレット嬢は、唇を噛み締め、青ざめた顔をしっかりとあげ、美しいカーテシーを披露するとくるりと踵を返して入口に向かった。
カーライル殿下はその姿を見送りながら、彼の背後にいるマリアンヌ嬢の肩を優しく撫でた。
「結局、そなたへの謝罪をさせる事が出来なかった。許してくれ。昔はあのような人間ではなかったと思っていたのだがな。」
マリアンヌ嬢は、まだ肩を震わせたまま俯き、ゆっくりと頭を振った。
「殿下、良いのです。殿下さえ、私のことを思ってくださっていれば、もう、それだけで。」
優しく、儚げなマリアンヌ。これからはあなたがその優しさで傷ついた殿下を癒してさしあげて欲しい。
心が傷ついたのはマリアンヌ嬢だけではなく、殿下も傷ついているのだから。
私は毅然と背を伸ばし、会場を後にしたマーガレット嬢の後ろ姿が妙に心に残っていた。
馬車まで、お見送りすべきだったのだろうかと。
そして、数日後、俺は……。
マーガレット・オルタンシア公爵令嬢の乗った馬車が野盗に襲われ、御者も、令嬢も亡くなったとの報告が皇宮に届いたのは、それから一週間後の事だった。
その時になって俺は、初めて、マーガレット嬢が行った事が、彼女を護衛もなく、汚らしい野盗に殺されるようなものだったのだろうかと考えた。
それまで、周りに言われるままに、令嬢に与えられた罰は仕方がない事だと思ってきたが、本当にそうだったのだろうか。
俺は令嬢がマリアンヌを虐めるのを止めるべきだったのだ。
何もせず、見過ごしてしまった。見過ごさなければ、誰も傷つかなかったかもしれない。
悔恨を胸に秘め、皇宮の廊下を歩いていると、皇帝陛下に謁見してきたのだろうオルタンシア公爵がこちらに歩いてくるのを見かけた。令嬢の死に、面窶れし、ふらつく足元も覚束無い。
俺はカーライル殿下の三歩後ろを歩きながら、その姿を見つめていた。殿下も痛ましそうに彼を見、声をかけようかと、逡巡している様子だった。
しかし、あの馬車に令嬢を乗せたのは他ならぬ殿下だ。
俯いて歩いて行く公爵が殿下とすれ違うその時、
「娘は無実だった!!」
いきなり叫んだ公爵は小刀を握り、殿下にぶつかるように突っ込んできた。
俺は殿下と彼の間に体を滑り込ませると、公爵の小刀を胸で受けた。胸に痛みが走る。
霞む目で、公爵が他の騎士に斬り殺されるのを見ながら、俺の意識は暗くなって行った。
あぁ、マーガレット嬢は死ぬような罰を受けるべきではなかったんだ。
それが俺が最後に思った事だった。