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777m 忘れられた地で  作者: 三笠虎太郎
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第一章 一節 天使のラッパ

二〇三〇年五月十五日


 テレビ放送――、何度か見た顔。現地取材のジャーナリストが、切迫した表情で現地の情勢を伝えている。ここは埼玉県朝霞駐屯地。私は、恐らく今年度中に国連平和維持軍《PKF》で東欧に派遣されるであろう即応戦闘集団《RCF》所属の女性兵士《WAC》。しがない女スナイパー……こうして数名の同期や後輩とともに、早めのディナーを楽しむ事が駐屯地内での数少ない娯楽の一つでもある。私にとっては、地球の裏側よりもこの時間の方が大切だ。少なくとも、今はね。


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 薙雲秋水なぐもしゅうすい 階級三等軍曹。手先が器用という安直な理由で狙撃手に選抜されるも、日防軍には未だに専門のスナイパースクールが無く。米軍のそれと比べると能力は低い。幸か不幸か、本人もそれを自覚しており日々の鍛錬は怠っていないのが救い。容姿端麗だが二十九歳にして未婚、元は重迫撃砲中隊所属。成績極めて優秀、体力き章持ちのメスゴリラ。常識人であり性格は温和だが、「どこかおかしい」と部内では評判になっている。

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 ジャーナリストの周りには、オランダ軍だろうか? 護衛の兵士や装甲車が多数見える。現地は丁度正午位か。彼等の背面は、昼間だというのに流れる曳光弾で埋め尽くされている。あー、ちょっと近すぎじゃない? 画面越しに緊張感がビリビリ伝わる。明らかに戦線に近すぎるよ。オランダ軍がブレスとは云え、民間人を連れてそんなミスをするはずが無いのに。不意に強襲されたのかな?


「こういう戦場ならスマートスコープの設定、八五〇ヤードが丁度いいかな?」

 

 不謹慎だけど、仕事柄ね。てかこんなとこ派遣されたら死人出るわ。画面内では、周囲の軍人達が忙しなく動き出し、ジャーナリストに何か伝えている。映画みたい。


『たった今。我々報道陣を護衛してくれているオランダ軍から、ここは危ないというっ!』


 スタジオに画面が切り替わり、これまたよく見かけるアナウンサーが、くれぐれも身の安全だけはと現地に伝え、再び画面が切り替わる。


『今すぐこの場所を移動します!』


 相手側の銃撃だろうか。何発かが装甲車に被弾し火花を散らす。これは視聴率凄いだろうなぁ。時折英語も混じり叫ぶ画面内。画面奥の歩兵戦闘車の砲塔が旋回し、射撃を開始する。注視していた皆全員がヤバイと感じていた。その刹那――。

 揺れる画面。食堂のテレビはオレンジ一色となり、ノイズと振動は食堂が揺れているのではと錯覚させる程。映るは火球が三つ――。スピーカーから音が消えた。


「ちょっとこれ――」


 なに? と言い切る前。三つの火球は、日本人なら誰もが知っているきのこ雲に姿を変え、液晶画面内を焼き尽くした。映像が強制的にスタジオに切り替わる。女性アナウンサーは口元を両手で覆いパニック。男性アナウンサーの顔からは血の気が引いていた。

 食堂中の人間が注視している。多分、あの画面の向こうに生存者はいない。直感で理解出来た。今この時、地球の反対側で、万単位で命が消えた事が、皆にも理解できた筈だ。

 だが、誰一人感情的にはならず。フィクションでありがちな罵声を上げ、激怒し、机を殴るような者は誰もいない。皆、直ぐに興味は他へ移る。それはゲーム機と化した電話であったり、休暇のプランだったりと様々だ。唯一人、桜井を除き。その折った箸、糧食班に怒られるよ?


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 桜井正人 階級3等軍曹。射撃の腕はRCFトップクラス。満射(百発百中の意)以外採った事が無い。その上、あらゆる環境での的確な状況判断能力に加え、健康極まりない肉体。一般市民がいだく軍人像が形になった男。当然、周囲からの信頼も厚く温和な性格で私は桜井が激怒した場面を見た事もないし聞いた事もない。当然彼も、PKF要員として既に派遣が決まっている……まぁ選ばれて当然だろう。それが周囲の評価。

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 暫くして我に返り、ジャーナリストの名前を叫ぶアナウンサー。その日、スタジオから現地に画面が切り替わる事は無かった。翌日の朝のニュースはこれで持ちきりだ。

 これで派遣される事は中止になるか、いや多分ならないなぁ。東アジア核大戦(三週間戦争)以前なら、派遣は中止になった可能性が高いけど。

 それは良いんだけども、私の狙撃集合教育……派遣までに間に合うのかな? 多分に無理だね。

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