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レッドパンサー  作者: 檜狐
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第1章 5話

「おーい、とらぁー!!早く荷物置いて出かけようや!!」


「はいはい、ちょっと待てよ」


 京極兄弟と橋本 勝虎(はしもと まさとら)は京極家の別荘がある箱根に移動していた。


 箱根の町は京極兄弟と勝虎が初めて出会った街でもあるため、京極兄弟にとっては思い出深い町である。しかし、勝虎にとって箱根はただの1つの観光地でしかないと思っていた。

 それもそのはず、勝虎は幼いころの記憶がないのだ。

 勝虎は京極兄弟に初めて出会ったのが中学生の学生時代だと勘違いしている。


 昔一度だけ、京極兄弟の弟である典弘(のりひろ)が勝虎の幼少期を彼に尋ねたところ──、勝虎は頭を抱えて苦しみだし、発狂し始めたのだ。


『いたい、いたい。もうやだ!ごめんなさい。こんなことしないで!』


 この時は、父の智治(ともはる)に連れて帰られて勝虎は無事であったが、この日をきっかけに兄弟は勝虎に過去のことを聞くのは無しにしようと誓い合った。


 しかし、天下の京極家にしてみれば自分たちの跡取り達が過去の不明な者と仲良くしているのは世間体にもよろしくない。そのため、漆原 宗助(うるはら そうすけ)主導に橋本勝虎のことを極秘に調査した。

 漆原の表の顔は京極家筆頭執事であるが、裏の顔は日本屈指の暗殺者でもあり、情報収集はお手の物である。


 漆原主導の捜査の結果──、勝虎は智治に拾われた捨て子ということが判明した。すなわち、勝虎は父である智治や母の京子(きょうこ)とも血のつながりがないというのだ。

 漆原が提出した報告書には、勝虎は捨てられた記憶を忘れるために幼少期の記憶を自発的に消去しているのではないかということが記載されていた。


 このことを知った京極家は、わざと勝虎の記憶を呼び起こさなくても受けた恩を少しずつゆっくりと返せばいいという結論に至り、直弘(なおひろ)典弘(のりひろ)の友達であることを容認したのであった。


 そんな過去を持っている勝虎だが、本人はつゆ知らず自分たちは血のつながった家族だと考えていた。


 さて、話は今現在に戻すが、勝虎は京極兄弟と箱根の町へとくりだしていた。


 彼らは土産屋に行っては団子やケーキといったスイーツを食べたり、美術館に行っては写真を撮ったりと色々と箱根の町を楽しんでいた。


 勝虎が寄木造りに興味を持っているのを知っていた京極兄弟は、勝虎を色々な寄木造りの工房へと連れまわしたりもした。


 3件目の工房を見終わって、4件目の工房に辿りついたが、あまりにも古びれた工房であったため一同は素通りしようとしたとき──。


『こっちだ、我を見つけてくれ』


 勝虎は一瞬にして古びれた工房のほうを向いた。


「勝虎様、どうなさいました?」


「漆原さん、さっきあの工房から声が聞こえませんでした?」


「声ですか──?私にはまったく聞こえませんでしたね」


「さっきから『こっちだ』って聞こえてくるのですよ」


「何々、とら、どーしたん?」


 次の店の場所を探していた兄弟は、2人が止まった気配を感じ取り、後ろを振り向いて勝虎に声をかけてきた。


「あー、典弘。実は、さっきからこの工房から声が聞こえてくるんだけど、2人とも聞こえる?」


「だってよ、なお。聞こえるか?」


「いいや、全く聞こえないな……。のりは?」


「俺も聞こえないな。虎の空耳なのか?」


「ちょっと気になるからあの工房に入ってみようよ」


 勝虎はそう言うと、1人だけ足早々に古びれた工房へと歩いていき、工房内の敷地へと入っていった。


「あ、ちょ、ちょっと──、虎!」


「のり、諦めよう。虎は一度決めたらそう簡単に諦める奴じゃないのは昔から知っているじゃないか──」


『記憶を失っていても性格は変わらないみたいだな──』

 一同は嬉しさを感じつつ、どこかで寂しさを感じていた。


◆◆◆

「こんにちはー。どなたかいらっしゃいますか?」


 勝虎は工房内に入ってみると、先ほど聞えてきた声もやみ、物音ひとつとしてない空間だった。

 机の上に無造作に置いてある寄木細工や工具にはうっすらと埃が覆っている。

 

 勝虎は机の上にある寄木細工1つ手に取ってみた。

 手に取った細工はどの工房よりも丁寧であり、かつ精巧な作りをしていた。まるで一つ一つの模様に意味があるかのように──。


 勝虎は慣れた手つきでスラスラとパーツを動かしていき見事解錠に成功した。彼が解いたのは10回仕掛けという10回決められた方向、位置に移動させないと開くことが出来ないという代物。驚くべきところは、勝虎はそれを初見で解錠に見事成功させたということだ。


 彼が開き終わった時に兄弟と漆原が工房内に入ってきた。


「虎、ここの作品値札が貼っていないから買うことは出来ないんじゃないか?」


「そうだね。でももう少し、ゆっくり見させてよ」


「わかったよ、俺は外で待ってるからな。なんかここ薄気味悪いというかなんというか──」


 典弘はそう言うと一人で工房を出ていった。続いて直弘も、漆原も気づけば工房から出ていっていた。


 勝虎は色々な寄木細工を鑑賞しては解錠するというのを何度も繰り返していた。


 勝虎はある程度の寄木細工を鑑賞し終わって、あの声は気のせいだと思い、工房から出ようとしたところ──、工房の奥にしめ縄に囲われている寄木細工を発見した。


 しめ縄に囲われているのは、他の寄木細工とは異なり六面とも同じ円の模様が描かれ、ウルシ加工されているのか鈍い光沢を放っていた。異質な雰囲気を醸し出している極めつけは、ところどころに金泥で処理されており、それがまた模様を生みだしているのだ。


『見つけた。これだ』


 工房の前で聞いた同じ声──。

 どこかに威厳を感じさせるような声──。

 だけど悲しげな感情をはらんだ声──。


 勝虎はしめ縄の囲いの中に鎮座している寄木細工を取ろうと手を伸ばした──。


 工房にかすかにリーンと風鈴の音色のような音が波紋のように無音の工房内に響きわたる。


 勝虎は音に気付くこともなく、目の前の出会いに感動し、涙さえ流していた。

 こんなにも美しい工芸品がこの世に存在しているのかと──。


 不思議な工芸品を手に取っている勝虎の目がだんだんと赤く染まっていく──。


『ついに見つけた──。私の()()を!!あの忌々しい小僧どもにしてやられなければ【  】は死ぬことなかったのに──。今に見ていろよ、必ず復讐してやる!!』


 勝虎の口から出たのは勝虎が聞こえていた不思議な声と全く同じもの──。


 勝虎の皮を被った()()は手に力を籠めると寄木細工は自ら解錠し始めた。

 寄木細工の中にあったのは手のひらサイズの深紅の色味をおびたな球体。

 勝虎の皮を被った()()は球体を口に含み、それを飲み込んだ。


『ふむ、これでいいのかな──。あとはこの少年に任せてみようか』


 ()()はそう言うと、勝虎の目はだんだんと黒を取り戻していった。


「あれ、俺、何してたっけ……?まあ、いいや。みんなのところに合流しようかな」


 勝虎が振り向いた時には工房はただの()()となっていた──。

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