第1章 3話
「あと1時間後に出棺でございます」
勝虎の父の葬儀がそろそろ終わりを迎えようとしていた。
母の京子は棺桶に顔をうずめ泣き崩れており、妹はほとんど記憶のない父親をぼんやりと眺めつつ、母の後ろに佇んでいた。
父の仕事を勝虎は知らなかったが、葬儀に参列した人数は50名以上。これ見る限り、父は慕われていたのか、何か大きなカンパニーに所属していたことが見てとれる。
勝虎の父、智治はよく仕事で日本全国や世界各国を飛び回っていたため、勝虎は幼いころから智治と一緒に遊ぶということがあまり出来ず、智治との思い出もそう多くはなかった。
つい先日、久々に休暇がとれたと智治からの連絡があり、帰国を果たしていた。
殺される前日には、勝虎と智治が初めてお酒を飲みかわし、親子というものの温かみを実感していた。
しかし、翌日には、智治は死彪によって無残にも殺された。飲みかわした時にされた会話が親子最後の会話となってしまったのだ。
酔った父が少しだけ話した父の仕事内容がなぜか今も勝虎の頭の中で鮮明に残っている。
『いいか、勝虎。父さんはな、最先端の研究をしつつ、古文書も読むという珍しい仕事をしてるのだぞ』
数少ない父との思い出を振り返っている時に、後ろから声を掛けられた。
「勝虎君、久しぶりだね」
声をかけてきたのは先日、勝虎を投げた赤城 皓士郎だった。
勝虎はバッと振り返り、身構えた。
「僕、そんなに嫌われてしまったのか……」
皓士郎は悲しそうな表情を浮かべ呟いた。
勝虎は皓士郎の呟きを聞くと体の力を抜き、申し訳なさそうに視線を少し下げた。
「勝虎君、良ければ外で少し話さないか」
皓士郎の言葉には何かがあると感づいた勝虎は頷き、2人は会場の外へと出た。
会場を出た後、皓士郎は周りを見回して誰もいないことを確認すると、急に勝虎に頭を下げ謝罪をした。
「橋本勝虎様っ!!本当に申し訳ございませんでしたっ!!私がいながら御父上をみすみす殺してしまいました。どのような処罰でも甘んじてお受けいたします」
皓士郎の急な謝罪を受けた当の勝虎は困惑していた。
『え、え……。父の話をして君の父親はこんな人だったよとか、父を殺した死彪はこういう奴で──みたいな話じゃなくて、謝罪?!それとさっきなんて言った?橋本勝虎様?御父上?父さん、死んで秘密を残していくのを勘弁してくれよ……』
「え、え、えぇっと……。とりあえず赤城さん頭を上げてください」
勝虎は目の前の事態を理解できず、混乱していた。
皓士郎は勝虎の言葉を聞いて、頭を上げたが勝虎に目を合わせようとしなかった。
「赤城さん──」
皓士郎は勝虎に名を呼ばれ、やっと勝虎を見た。
「赤城さん、あなたと父の間に何があったか場所が場所なので今は問いません。しかし、父を殺した死彪のことや今回の父の事件調査の結果を教えてくれますか」
『本当は父さんが赤城さんとどんな約束したかが気になるし、どんな関係だったのかも知りたいけど、誰が聞き耳を立てているかわからない──』
勝虎は本当ならば父の本当の姿を知りたいが、状況を考えて別のことを皓士郎に問うた。
「事件の結果ですか……。あなたの御父上が殺された事件の調査を私主導で調査をしていますが少々不可解な所がありましたね」
「不可解なところですか……?」
「そうなのです。こっからは私の経験による話にもなりますが、普通の死彪は単独で人を襲うものなのです。でもあなたの御父上を殺害したのは足跡の痕跡と因子の残滓を見る限り3体以上がいたことが分かりました」
そう、実はこれは異常なことなのである。
考えてみてほしいのだが、ライオンを除くネコ科の動物は群れることなく、単独で狩りをするのは有名な話だ。
ネコとヒトが混じりあって誕生したとされる死彪は、共通の言葉を持つわけなく、ましてや人に化ける術を持っていないと報告されているため、人の社会に潜り込めないと思われてきた。そのため、奴らは昔からヒトを襲うときは夜に限っていると──。
共通の言葉があるわけでない死彪は意思疎通は不可能であるし、集団行動はもっての他であるはず、もし、意思疎通で集団行動が可能だとしても、NPDIが徘徊している街で集団行動をするのは目立つため自殺行為に近いはず──。では、何者かが死彪の群れを率いたのか──。
だから、今回のような集団行動で1人のヒトを殺害したのは異例中の異例なのである。それに集団行動する頭脳があったのであれば、なぜ殺害されたヒトを簡単に特定できる頭部をわざわざ置いていったのか──。
「3体以上いたということは、奴らが群れで行動していたということですか?」
「はい、そういうことになります。こっからは極秘の情報ですが最近になって死彪の数が増え始めていることが分かりました。3年前に死彪殲滅作戦が決行されてから死彪は数を減らしたはずなのですが……」
「父を殺した死彪の当たりはついているのですか?」
「申し訳ございません。勝虎様、御父上の殺害した死彪の当たりはまだついておらず、御父上の胴体もいまだに発見されていない……」
ドンっと勝虎が壁をこぶしで殴りつけ、皓士郎の言葉を遮った。勝虎が初めて感情をあらわにした。
2人の間にピリピリとした空気が張り詰める──。
「赤城さん──」
「はっ!」
「父親を殺した死彪の群れの殲滅と父の遺体の捜索、そして僕の家族の護衛をお願いしてもいいですか──?」
「この赤城皓士郎、勝虎様のご命令しかと承りました。赤城家の名に誓ってご命令を遂行いたします」
「では、よろしくお願いします」
「はっ!ではお先に失礼いたします」
皓士郎が去ったあとも勝虎はその場に立ち尽くしたままだった。
『死彪が何の目的があって父さんを殺したのか──。死彪であろうと父を殺した報いは受けてもらうぞ──』
勝虎は心の中でそう呟くと母と妹が待つ会場へと入っていった。