第四話 「気をつけないとね……!」 ゆっくりと進んだ。
妙な気持ちのまま迎えた次の日。
今日は心優の当番だったが、相変わらず早く起き、ゴミ捨てを担当する。
「じゃ、行ってくる」
「ありがとぉ」
ここ数日は雪が降らず、なんなら雨が降っていたのである程度雪は溶けた。
しかし、寒さはあまり変わらず、むしろもっと寒いのではないかとすら思える。
玄関はめちゃくちゃ凍っていて、油断しなくても普通に滑る。
今日もまた、反対側の家から琴羽が出てきた。
「おはよう琴羽」
「おはよ、康ちゃん!」
「今日は転んだらマジでシャレにならないぞ」
「気をつけないとね……!」
お互いにゆっくりと進み、ゴミステーションを目指す。
途中、転びそうになりつつもなんとか態勢を整えて耐える。
「ゴミが無くなればバランスもうまく取れそうだな」
「そうだね!」
ゴミを置く時にも転びそうになったが、なんとか誤魔化しつつ二人無事に家に辿り着く。
この道をまた歩かないといけないんだよなぁ……。
「康ちゃんまた後でね~」
「お~」
玄関の扉を開けて家の中に入る。
「ただいま」
「おかえりぃ」
「外滑るから学校行くとき気をつけろよ?」
「今日は転ばなかったみたいだねぇ」
「次は心優の番かもな」
「や、やめてよぉ」
「冗談だよ、冗談」
ぺしぺしと肩を叩かれる。
少しむすっとしながらも、心優は「ご飯できたから手洗ってきて座って」と言った。
言われた通りに手を洗って、盛りつけられた料理をテーブルに運ぶ。
そして二人で手を合わせた。
「「いただきます」」
今日は白米に焼き魚とザ・和食な朝食だ。
ほどよい塩加減がとても心地いい。
「うまい」
「どうもぉ」
綺麗に平らげ、二人で皿洗いをし、準備をしてから玄関を出る。
俺は、鍵を閉めてから歩き出した。
心優は少し待っていたようで、一緒に歩き出す。
心優が向かうのは俺とは反対側なので、すぐに別れることになった。
「じゃ、転ばないように気をつけてな」
「お兄ちゃんの方こそ気をつけてねぇ」
心優と別れてからしばらく歩くと、後ろから声が聞こえた。
「待って~康ちゃん~!」
「お、琴羽」
急ごうとしながらも、つるつると滑りまくってなかなか進めない琴羽が後ろから追いかけてきた。
「落ち着け琴羽」
「ほっ……!」
まるで野球の審判が「セーフ!」と叫んでいるようなポーズをして一回バランスを取った。
やがてゆっくりゆっくりとこっちに近づいてくる。
「ふぅ……。辿り着いた~」
「はいおつかれおつかれ。それじゃ、先進もうか」
「ちょ、ちょっと休まない?」
「いくら早く出たとはいえここで休憩してあのペースだと間に合わないぞ」
「仕方ないな~……」
二人でゆっくりと進み、咲奈駅に向かう。
駅に着くも、電車は遅れているようだった。
「どの道遅刻だな」
「しょうがないよねぇ~」
二人で雑談をしながら電車を待つと、十分遅れくらいで電車がホームにやってきた。
目の前の車両に乗り込んで、座れそうな場所を探すと、麗が座っているのが見えた。
「おはようららちゃん!」
「あ、ことちゃん、康太おはよう」
「おはよう」
琴羽は麗の右隣りに、俺は左隣に座った。
「あれ? 麗どうかしたか?」
「え?」
「いや、なんか元気ないように感じて」
微笑みながら挨拶をしてきた麗だったが、どこか陰りを感じたような気がした。
顔色がいいから体調が悪いというわけではないと思うけど、やはり元気がないように見える。
「実は、駅に着く前に足挫いちゃって……」
「えっ。大丈夫なのか? どっちの足だ?」
「左足……」
「ちょっと触るよ」
「うん……」
黒いタイツの上からだが、足首の辺りが少しだけ膨らんでいるような気がする。
そこを優しく触ってみただけで、
「いたっ」
「あ、ごめん……」
「ううん、大丈夫」
これは歩く度に痛いだろうな……。
「学校に着いたらまず保健室だな。肩貸すよ」
「私も手伝うよ!」
「ごめんね二人とも、ありがとう」
しばらく電車に揺られていると、咲奈駅に着いた時と同じ、約十分遅れのまま踊咲高校前駅に着いた。
この辺は通学路ということもあってそれなりに対処されていたらしく、道路は凍っていないようだ。
しかし、麗に肩を貸して登校すれば遅刻は必至だろう。
「琴羽、先に行って先生に言ってきてくれるか?」
「わかった!」
「ありがと、ことちゃん」
「ううん! 二人とも気をつけてね!」
「おう」
琴羽が先に行ってしまったので、肩を貸すのが俺だけになり、少しスピードが落ちてしまう。
まぁ、琴羽が一緒でも遅刻はしていただろうからいい判断だと思う。
それに、保健室直行だし。
「まさか怪我するなんて思わなかったわ……」
「道路凍りまくってたしなぁ……」
これだけ凍ってるんだから仕方ないとは思うけど、足を挫いたのは辛いな……。
「買い物とかもしばらく行けないし……。七海に頼むしかないかぁ……」
「なんか困ったことがあったら手伝うよ。なんなら心優と泊まりに行ってもいいし」
「それは普通に楽しそうね」
「こらこら」
少し笑顔が戻ってきたのはいいんだけど、その考え方はどうだろうか……。
俺も楽しそうだと思ってしまったけども……。
そういえば、麗の家に泊まりに行ったことことはなかったな。
姫川さんの料理教室は麗の家でやったから行ったことはあるけど。
母親は離婚していないって言ってたけど、父親がいるって言ってたっけ。
それは……少し緊張するな……。
「康太もちょっと嬉しそうじゃない」
「そ、そりゃまぁ……」
「正直、そうしてくれると助かるんだけどね……」
「心優に相談してみるよ」
少し怪我と関係なく嬉しいという気持ちも無くはないが、助けになりたいというのはもちろん本心なわけで。
心優にメッセージを送っておいて、返ってくるまで待とうか。
やがて生徒玄関に辿り着き、靴を履き替える。
麗は左足だけは靴を履かず、手に持って移動する。
脱ぐのも大変そうだったから当然だと思う。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ありがと」
保健室は生徒玄関から結構近くにあるので、割とすぐに辿り着いた。
ノックをすると、中から「は~い」と柔らかな声が返ってきた。
※※※
「あ、ららちゃん大丈夫?」
「うん。湿布貼ってもらったよ」
「どのくらいで治るの……?」
「二週間もあれば治るって」
「よかったぁ……」
朝のホームルームには間に合わなかったが、一限前の休み時間には教室に入ることができた。
先生には琴羽がちゃんと伝えてくれていたようで、教室に向かう途中、保健室に向かっていたらしい担任の先生とすれ違った。
今の会話と同じ説明を先生にもして、先生も安心したようだった。
「あ、心優から返信きてるな。わたしは大丈夫だって」
「二人とも何かするの?」
「麗が買い物に行けないだろ? だから心優と泊まりに行って助けようかと」
「七海ばっかり負担になっちゃうから、そうしてくれると助かると思って」
「そっか、さすが康ちゃんたちだね!」
琴羽は感心したように頷く。
私もとか言い出さないし、何やらよからぬことを考えているような気もするが……。
「さすがに今日からは急だから、準備しといて明日から行くよ」
「わかったわ。あたしも七海と楓に連絡しておく。あ、あとお父さんにも」
「お父さんかぁ……」
「なに、緊張してるの?」
「そりゃするだろ!」
彼女の父親と対面するとなって緊張しない彼氏なんてこの世には存在しないだろう。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。変なこと言ったらあたしが怒るから」
そう言ってドヤ顔をする麗。
あ~……なんだか改めて好きだなって思う……。急だけど……。
「俺に落ち度がないように頑張るよ……」
「康太に落ち度なんてないでしょ。あたしが選んだあたしの彼氏なのよ」
「そ、そんなことを堂々と……」
自分が言ってる時はイキイキとしやがって……。
あ、でも顔が少し赤くなってる。
言ってる途中で恥ずかしくなったな……。
「ほら、二人ともイチャイチャしてないで、授業の準備したら?」
「「あ」」
琴羽の言葉で我に返った。
教室のクラスメイト達は、一部がニヤニヤとこちらを眺めており、一部はまたかよと言いたげな顔をしていた。
そして、このタイミングでチャイムが鳴ってしまった。
「はい席につけ~」
俺と麗は慌てて席に着いて準備をした。
授業は滞りなく進み、やがて昼休みがやってきた。
麗が席を立つのは難しいので、麗の席に集まって昼食を取る。
今日の弁当は麗からもらうものじゃなく、心優に作ってもらったやつだ。
「「「いただきます」」」
それぞれ弁当を食べつつ、みんなでおかずの交換会も行われる。
最近は俺もその中に入ることが多い。
麗が俺のも作ってきたり、俺が麗のを作ったりも続けているが、そうでない日もあるからだ。
そんな時はみんなの弁当がバラバラなので、交換会が行われる。
「それにしても、怪我大変だね……」
「まぁそうねぇ……。思ってたより面倒ね」
話はまた麗の怪我のことになった。
移動教室の時とかも、俺たちは手伝っていたけど、それでも少し辛そうだった。
「帰り送ってこうか? 駅から一人になるだろ?」
今日は俺たちは泊まりに行かないので、踊姫駅に着いてからは麗が一人になってしまう。
「七海に来てもらうからたぶん大丈夫」
「そっか」
それならとりあえずは安心だな。
「明日いろいろ買ってから行くから、食材とかの心配はしなくていいからな」
「ありがと、助かるわ」
みんな弁当を食べ終え、手を合わせて「ごちそうさま」と言う。
弁当箱を片づけてから、もう一度麗の席の周りに集まった。
昨日のテレビの話なんかをしていると、琴羽が思い出したように俺の方を見た。
「そういえば、この前紗夜ちゃんに会いに行ってたよね? 何話してたの?」
「ああ。年明けてからまだ会ってなかったから話してきただけ」
「え、いいなぁ。私も行こうかな。購買のパンをお土産に」
「喜ぶだろうな」
おいしい食べ物ならなんでも喜びそうだからな。
「ちょっと行ってくるね!」
「「行ってらっしゃい」」
元気いっぱいに立ち上がった琴羽を、俺と麗は優しく見送った。
教室を出て、琴羽が見えなくなった後、俺は千垣に手を合わせておいた。
止めることができなくてすまん、千垣。
「ホントに紗夜ちゃんのこと好きよね」
「だよな」
「ま、気持ちはわからなくもないけどね」
「麗はシスコン兼ロリコンだもんな」
「は? 違いますけど? ていうかシスコンはあんたでしょ」
「そうは言うが、世間一般からすればお前の方がよっぽどシスコンだと思うぞ」
「あたしはいいのよ」
「どういう理屈だよ」
「お姉ちゃんだし」
「そんな理不尽な理由ありか?」
男に生まれた時点で俺負けてんじゃん。
「ま、なんと言われようと麗というかわいい彼女がいる俺は勝ち組だな」
「な! そ、そういうのはずるいわ!」
「ずるくてけっこーけっこー」
「うざいわね……」
「今なら追いかけ回されないから好きなことが言えるな!」
「あんた怪我が治ったら憶えときなさいよ!」
パシンと腕を叩かれる。
痛みがじんわりと広がっていく。
え、怪我が治ったらこれ以上のことされるの……?
「ま、そこまで大きな怪我じゃなくてよかったよ」
「ふんっ。すぐ治して仕返しするから」
「どんな仕返しを……?」
「それはその時のお楽しみよ」
「悪い笑顔だなぁ……」
俺もなんか策でも考えておくか……。
いや、むしろ今のうちに攻撃を……。
「あんたの笑顔も悪い笑顔になってるわよ」
「別に何も考えてませんよ?」
「……今のうちにとか思ってるんでしょ」
「オモッテマセンヨ」
俺よ……顔に出るのなんとかならないのか?
顔を逸らしてみると、ちょうど教室の扉が開いた。
琴羽が戻ってきたようだ。
「あれ? 早いな」
「紗夜ちゃんいなかったぁ……」
「……購買は行ったんだな」
焼きそばパンを持った琴羽が寂しそうに席に着いた。
焼きそばパンをそのまま開けて食べ始める。
やけ食いかよ。
「ま、最近忙しいみたいだからそっとしといてやれよ」
「は~い……」