第十七話 「ほんとぉ……」 凄まじい緩急だった。
次の日の朝、いつも通り早く起きた俺は、そのままゴミ捨てに行くことにした。
今日は俺が当番なので、ご飯ももちろん作る。
どんな感じで作ろうかと考えながら玄関の扉を開けた。
辺りは真っ白で、まだまだ寒い。
雪も時々降っているので雪はそこそこ積もっている。
雪対策や寒さ対策は必須だ。
「康ちゃ~ん」
「琴羽?」
玄関から踏み出すと、琴羽の声が聞こえた。
琴羽の家の方を見るが、玄関に琴羽の姿はない。
よく見れば、琴羽の部屋の窓が開いていて、そこから琴羽が顔を出していた。
「風邪ひくぞ~」
「ちょっと待ってて~」
琴羽はそれだけ言うと、窓を閉めてカーテンも閉めた。
たぶん着替えてこっちに来るつもりなんだろう。
自分もゴミ捨てをするついでに俺と話そうというつもりだろうが、寒いから早くしてほしい。
しばらく待っていると、暖かい格好に着替えた琴羽が玄関から出てきた。
「お待たせっ。行こっ」
「はいよ」
ゴミステーションまで二人で歩き出す。
琴羽はすぐに昨日のメッセージについて話し始めた。
「昨日はもう寝ちゃってて、メッセージ見れなくてごめんね」
「いや、いいよ全然」
「みっちゃんにも相談してみたほうがいいってことだよね?」
「そうそう。昨日麗と話してたんだけど、話がなかなか進まなくってさ」
このままだと何も進まないから、心優にも協力してもらいたいという話だった。
三人寄れば文殊の知恵とも言うし、人数が増えるに越したことはない。
「それなら、登校する時に私から話そうかな。たしかにみっちゃんにも話しておきたいし」
「じゃあ俺からは何も言わないでおくよ」
「ありがとね」
琴羽は優しく微笑だ。
無事にゴミステーションに辿り着いた俺と琴羽は、二人で交互にゴミを置いた。
冬のゴミ捨ては寒さも相まって慣れても大変だな。
「あ、そうだ。康ちゃんはさ、ららちゃんとデートする時、ららちゃんにはどんな服装で来てほしい?」
「え? そうだなぁ……」
麗にどんな服装で来てほしいか、ねぇ……。
麗はかわいいから、だいたいどんな服でも似合うからなぁ。
もし、麗がこんな服を着ていたらみたいなのをいろいろと想像してしまう。
ワンピースやフリフリのドレスみたいなものからボーイッシュなものまで考えてみた。
たしかにどれも似合うしかわいいのだけれど、一つ思うことがあった。
「彼氏だから思うこともあるよ。例えば、俺と合流する前にナンパとかがあると怖いからスカートはやめてほしいとか、そういうの」
だけどこういうのは俺の勝手な考えで、相手のことを何も考えてない自分勝手なものなんだと思う。
「でも麗はさ、俺にかわいいと思ってもらえるように、一生懸命どんな服で行こうか考えて来てくれてるわけだろ?」
これも俺の勝手な妄想かもしれない。
でも、少なくとも俺はそう思って準備をしている。
隣に立つ麗が恥ずかしい思いをしなくて済むようにとか、麗にかっこいいって言ってほしいとか。
麗の隣にいるのが相応しいのは俺だと見せつけてやりたいとも思っている。
「そう考えたら、俺から言えることはただ一つだよ」
「それってなに?」
「麗が一生懸命選んだ来た服を、ちゃんと似合ってる、かわいいって口に出して言うことだよ」
恥ずかしくて言えないとか、そんなこともあるだろうけど、口に出して言わないと伝わらないことの方が多いんだから。
当たり前だ。人間である以上、テレパシーが使えるわけでもない。
ちゃんと口に出して伝えることは大切だ。
「そっか……。ありがとう、康ちゃん」
「おう」
琴羽も少し心配だったんだろう。
俺の言葉を聞いた琴羽は、どこか安心したような表情をしていた。
よかった。
また自分で塞ぎ込んでしまうんじゃないかと思った。
「それじゃ、またあとでね~」
「あいよ~」
琴羽と別れた俺は、長靴に付いた雪を軽く落としてから扉を開けた。
※※※
「うそぉ!?」
「……えへへ」
「ほんとぉ……」
「……心優、大丈夫か?」
心優は話を聞いて盛大に驚いた後、琴羽の反応を見て真実だと悟ったようだった。
あまりの緩急につい心配になってしまった。
「だから、みっちゃんにも協力してほしいなぁって……」
「そういうことなら任せて!」
心優がいつになく張り切っている。
心優もこういう話は大好きだからなぁ。
よく俺と麗のこともからかってきてたし……。
「よかった……」
琴羽がボソッと呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
仲間が増えたのは、琴羽としても心強いだろう。
心優と別れ、琴羽と一緒に咲奈駅から電車に乗った。
「おはよう麗」
「ららちゃんおはよ~」
「おはよう康太、ことちゃん」
電車の中で麗と合流する。
麗はまだ足を少し庇っているが、最初の頃より全然マシになっているのが見てすぐにわかる。
大きな怪我になったりしなくてよかった。
「麗。今朝琴羽が心優と話をしたよ。協力者が増えたぞ」
「よかった。二人だけだとなかなか話が進まなかったの」
「ありがとうね、二人とも。私のために……」
「何言ってんだよ琴羽」
「そうよ。あたしたちの方がいろいろ助けてもらってたんだから、お返しよ」
「それでもありがとう」
思わず麗と顔を見合わせる。
俺もそうだったが、麗も照れているようだ。
「「どういたしまして」」
琴羽も俺たちと同じようなことをしているな。
俺たちに影響されたのか、俺たちが影響されていたのか。
「あ、そうだ」
「どうしたの?」「?」
俺の突然の独り言に二人とも反応する。
「琴羽、お昼ご飯、九条と一緒に食べたらどうだ?」
「あ、いい考えね。あたしも賛成よ」
「お、お昼ご飯!?」
「九条は一人で食べてるらしいし、誘ってみれば?」
「わ、わかった……。やってみる……!」
そう返事をしたあと、琴羽は黙ってしまった。
たぶんいろいろ考えを巡らせてるんだと思う。
これで琴羽と九条が一緒にいる時間が増えるわけだ。
今思えば、俺と麗って自然と条件をクリアしてたんだなぁ……。
俺が麗と上野忠をくっつけるためにしていた恋のキューピッドよりも、俺と麗がどうしていたかを考えて行った方がいい可能性すらある。
考えている間に、いつの間にか踊咲高校前駅に着いていた。
三人で電車から降り、麗がまだ足を庇ってるので、俺も少し麗に注意しながら歩く。
「麗、本当に大丈夫か?」
「うん。まだ少し痛むけど、大丈夫よ」
「ならいいんだけど……」
嘘は言ってないんだろうけど、やっぱり心配だな……。
「辛かったら言うってば。ありがと」
麗は笑いながらそう言う。
まぁここまで言うなら……。
「わたしにも相談してくれていいんだからねぇ~」
「康太ができなそうなことが出てきたらお願いするわ。お風呂とかね?」
「俺がやるって言ったら?」
「変態」
「…………」
ジト目でじーっと見つめられる。
これは「ほら、何か言ってごらん?」という顔だ。
即答はできなかったけど、何か答えてやる……。
「じゃあ目隠ししてやる」
「できるの?」
「麗が教えてくれればいけるだろ」
「そうかなぁ……」
「おう任せろ」
「……やっぱりだめ! ことちゃんか七海に頼むっ!」
麗が少し頬を赤く染めている。
絶対想像してたな。
案外変態なのは麗の方なのではないだろうか?
俺たちの様子を見ていた琴羽が俺の耳元に顔を近づけた。
「康ちゃん、あんまりららちゃんをいじめちゃダメだよ?」
「俺がいじめられるのはいいのか?」
「ほどほどにってこと~」
「わかった」
こういうえっちな方面で言いすぎるのはダメだと釘を刺しているんだと思う。
それは俺もちゃんと考えてはいる。
もちろん麗が嫌がるようなことはしたくないからな。
やがて教室に辿り着く。
今日は教科書を準備したりしているうちにチャイムがなってしまった。
麗に合わせて歩いていたからなのか、話しすぎていたからなのか……。
「は~い席に着いて~」
ホームルームが始まった。
※※※
昼休み。
昼食を終えた俺は、一度教室から少し離れた廊下に来ていた。
ここは図書室が近い場所で、人も少ない。
静かでいいところだ。
「九条のことなんだが、服のことは少し奏に頼ってもいいか?」
と、一緒に来ていた祐介がそんなことを言う。
「九条がいいって言ったらいいよ。でもまたどうして?」
「やっぱり女性目線の意見は必要だろ?」
「あ~たしかに」
ないよりはあった方がいいな。
女性目線の意見があった方が確かだし、自信にも繋がるだろう。
それなら麗にも……。
いや、無理をさせちゃうな。
メッセージでのやり取りくらいなら大丈夫かな?
「わざわざありがとう」
「お、出てきたな」
図書室の方からやってきたのは九条だ。
そう、俺たちは相談会をするためにここまでやってきたのだ。
図書室内は静かにしないといけないし、たぶん俺は二ノ瀬さんに怒られる。
「早速なんだが、服のことを奏に相談したいんだけど、いいか?」
「誰だい?」
「祐介の彼女だよ」
「それは是非お願いしたいね」
九条がおっけーなら決まりだな。
「そしたら俺も麗に相談したいから、ちょくちょく写真送りたいかな」
「恥ずかしいけど、お願いするよ……」
もしかしたら琴羽の好みに寄せることができるかもしれないしな。
まぁ麗のことだからそういうことは知らなそうだけど……。
俺も知らないけどな!
「あ、麗はまだ足が完治してないからメッセージでの相談になるけど、姫川さんは直接来るってことでいいんだよな?」
「一応そうしてもらうつもりだぞ」
「あ、そうなんだ。髪も切るから、そこも一緒にいてもらうのはなんか申し訳ないね……」
「まぁその辺は俺が相談するから気にしなくていいぞ。とりあえず、ほかのこと話そうや」
「それもそうだな」
午前中に髪を切るのは確定として、髪を切り次第服を買う……か。
お昼を過ぎるようならどこかで食べればいい。
気楽でいいな。
「髪を切るのはどこにするんだ?」
「俺のおすすめを紹介するぞ。康太もどうだ?」
「ありだな」
ついでに俺も整えてもらおうかな。
祐介はいい感じに決まってるし、俺もばっちり決めたい。
「服はそうだな……奏に聞こうか?」
「心優におすすめされた店があるよ。それに、変にいいものを身に着けようとし過ぎるのもよくないと思う」
「なら頼むわ」
何も自分からハードルを上げる必要はない。
もし、そうしてほしいという子が相手なら、要注意な気がする。
「すごいね、二人とも……。さすがだよ……」
「そうは言うけど、俺には妹がいたからたまたま運がよかっただけなんだよな……」
「九条は一人っ子なのか?」
「歳の離れた弟がいるよ」
「へ~そうなのか」
「そういう佐古くんは?」
「俺は一人っ子だよ」
「そうなんだ。なんか意外だね」
「そうか?」
それは俺も思ったな。
姉か弟がいそうだとか思ってた。
特に姉がいそうだなって思ってたな。
めちゃくちゃド偏見だけど。
それにしても、九条に弟がいるのはなんか納得できるな。
言われてみると、たしかにいそうな雰囲気がある。
「まぁ決められるのはこんなとこか? 祐介なんかあるか?」
「いや、特には。後は当日にどんな服があるのかって感じだろうな。九条はどうだ?」
「僕は何も思いつかないよ」
「それじゃ、とりあえずはそういうことで」
当日の予定は決まった。
これで九条もばっちり決まるだろう。
俺も髪整えてもらうし、服もなんか買おうかな?
「あとそうだ。ぼちぼち映画の日程も決めなきゃかな」
「そうそれだよ康太。何の映画何だっけ?」
「いや、俺は知らん」
「アクション映画……っていうと近いかもしれない……かな?」
恋愛映画じゃないんかい、と言いたいところだけど、二人とも映画が好きならそれで盛り上がれるだろうから大丈夫か。
むしろこの二人の場合、恋愛映画は悪手だった可能性すらあるな。
「なら映画が終わった後、感想とか言えるように喫茶店とか調べとくんだな。それは自分でやってもらうぞ?」
「わ、わかった」
祐介はニヤリと笑って言った。
これはかなり難しい問題だけど、できるようになっていかないとダメなやつだ。
それに、自分で調べることに意味がある。
自分で調べれば、それなりに詳しくなって、どんなものがおいしいとか、どんな感じの雰囲気でとか、話を膨らませることもできる。
九条はもう悩み始めているようだ。
「頑張れよ、九条」
「う、うん……」
さて、上手くいくのかどうなのか……。
そして、琴羽の方はどんな感じなんだろうか……。