(交錯)17
☆
武田信玄は軍勢を率いて美濃に入った。
東美濃で遠山一族が加わり、兵力を更に膨れ上がらせた。
およそ二万。
飛騨経由の実弟・信繁の軍と合わせれば三万近い数になる。
東濃口と飛騨口の二方向から美濃を蹂躙するつもりでいた。
その際、邪魔になるのは東濃城。
明智家が東方への備えとして築いた城だ。
事前の調べでは、城に詰めている敵兵は三千。
数が少ないからと言って侮るつもりはない。
城が見える位置に布陣し、各所に物見を走らせた。
使番も走らせた。
内応を約した美濃の国人や地侍に従軍を求めた。
普通であれば武田軍が現れるや、約に従い直ちに参陣するもの。
ところが一兵も姿を見せない。
そこで使番を遣わして催促した。
「何処も留守で御座いました」
使番が急ぎ戻り報告した。
約した家々の者達は姿を隠していると言う。
舐められたものだ。
奴等だけではない。
途次にある国人や地侍、その全てが姿を隠していた。
武田に抵抗せぬばかりか、全てを明け渡した。
如何なる勝算に基づくものなのか。
「東濃城の後方の丘にも敵勢が陣取っています。
旗印からすると明智家当主率いる旗本隊、およそ一万かと」
戻って来た物見が報告した。
頭が痛くなってきた。
甲斐忍びによるとだが、東濃城は堅固な造り。
力攻めでは、こちらが大量の被害を被る。
時間が許すなら大軍での兵糧攻めしかない。
そう聞いた。
よりにもよって明智家当主が出張って来た。
歓迎すべきか否か・・・。
それは明智家が美濃防衛に全力を入れる証とも言えた。
これで今川家との約定である牽制は為せた。
が、逆に武田家の美濃攻略が難しくなる。
信玄は大物見を行った。
騎馬の一隊を率いて東濃城に接近した。
敵勢は全て城へ退いているようで会敵はない。
弓や銃の間合いの外から見分した。
「これは力攻めは無理ですな」付いてきた重臣達が口々に言う。
広い水堀、高い城壁、各所に建てられた櫓、無数の狭間。
一見しただけで難攻不落と分かる。
☆
☆
私は東濃城に入った。
それには旗本隊半数を伴った。
隊長・近藤以下三千。
千人頭は沖田と山南。
参謀は芹沢。
先に城に詰めていた十番隊三千を率いているのが三千人頭なので、
階級に従って近藤の指揮下に入れた。
命令系統の上位者は近藤。
参謀は芹沢。
私はお神輿。
旗本隊の残りは三千頭・土方に率いらせ、城後方の丘に陣取らせた。
そちらの千人頭は長倉と斎藤。
参謀は大石。
これに美濃の与力衆二千、同じく近江の与力衆二千を加わらせた。
計七千、それを土方に任せた。
物見からの報告を聞いた。
進軍路、兵数、主な武将の名前、信玄の位置、小荷駄の位置、
美濃から武田に靡いた者達の名前等々。
武田軍を丸裸にした。
地元の利を活かしたとも言えるが、
自領を戦火に晒すのは褒められた行為ではない。
反省、反省。
次からは敵が侵攻の気配を見せたら、こちらから攻め込もう。
大切なのは自領の民の安寧だ。
それより大切な物はない。
そんな私に急報が来た。
明智家忍びの元締め・猪鹿虎永が持って来た。
「信玄公自ら大物見に参った模様です」
私達は猪鹿の爺さんの案内でその櫓に駆け付けた。
最上階から外を見た。
緑の稲田に彼等を見つけた。
騎馬隊が稲田を踏み潰していた。
掲げられる旗はないが、遠目にも如何にもそれらしい空気を纏っていた。
周囲を警戒する者達は別として、真ん中に十数騎が集まっていた。
彼等が着用している鎧兜は明らかに高い身分を現していた。
そんな彼等がこちらを見て、何やら話し合っている様子。
山南が私の傍に来た。
「信玄公を狙い撃ちますか」
ここからでは射程外だと言う事は私でも分かる。
でも考えは面白い。
歓迎の意味で号砲は意味があるだろう。
「任せる」
山南が後ろの配下達を振り返った。
「許可が下りた」
配下が見慣れぬ銃を運んできた。
重厚にて長い銃身。
一丁の銃に二人掛かり。
それが三丁。
私はもしやと思って尋ねた。
「狙撃用を開発したのか」
山南が得意げな顔。
「そうです、試用済みです。
今はこの三丁ですが、直に各隊に行き渡ります」
山南と彼の配下二人が狙撃準備を終えた。
私は直前で疑問が生じた。
狙いを付ける山南に尋ねた。
「届くのか」
「ギリギリですね」
「信玄公の顔を知っているのか。
それにここから顔がはっきり見えるのか」