(交錯)16
☆
小谷城の居館の大広間で私は報告を受けた。
まずは加賀担当の者。
「加賀にて一向一揆が再燃しそうな雲行きです。
これには甲斐の武田が煽っている気配があります」
飛騨担当の者。
「飛騨の姉小路や江馬等の国人衆より使者が参りました。
武田の侵攻間近と申し、大至急の救援を求めております」
美濃担当の者。
「東濃の遠山一族それぞれより救援を乞う使者が参っております。
こちらも武田の侵攻が間近いそうです」
三件とも武田絡み。
思惑が透けて見えた。
当家が織田家へ加勢を送れぬように、牽制しているのだろう。
私は驚きよりも先に呆れた。
「今川が海道一の弓取りなら、武田は街道一の蚤取りだな」
大人衆筆頭・伊東が表情を崩した。
楽しそうな顔で尋ねてきた。
「殿、それは何ですか」
「痒い所ならどこでにも手が届く、そういう意味だが、違ったか」
「初耳ですな。
まあ、いいでしょう。
それで如何しますか」
それほど悩む問題ではない。
使者を送って来た家の大半は武田寄り。
いつ裏切っても不思議ではない。
そんな家を取り込もうとして色好い返事をするのは愚の骨頂。
私はまず加賀の件を口にした。
「加賀の一向一揆は私の名で成仏させよ。
老若男女は問わない、等しく彼岸へ送ってやれ。
それが慈悲と言うものだ」
大人衆が顔色を変えた。
代表して筆頭・伊東が言う。
「殿、貴方様の名を汚したくはありません。
どうかお考え直しを・・・」私をジッと見た。
「簾の奥に引っ込んでおれ、そう言うのか。
それは出来ん。
この決定で現場の者達が手を汚す。
手だけではない、心も汚す。
その償いとして私は名を汚したい。
現場の者達と共にありたい。
済まぬが、そうさせてくれ」私は皆に頭を下げた。
皆は顔を見合わせて首を竦めた。
反論はない。
了承されたと考え、私は続けた。
「飛騨や東濃の遠山一族は無視しろ。
当家とは無縁の者達だ。
・・・。
当家は東濃城を拠点にして防御に徹する。
武田を引き込み、誰が武田に味方するのか見極める。
その後に武田を叩く」
参謀・芹沢が目を輝かせた。
「武田が相手ですか、腕が鳴りますな」
当家の各番隊は今年も新兵が配属された。
それぞれ六千人に増強された。
一番隊は美濃勤番。
二番隊は越前勤番。
三番隊は加賀勤番。
四番隊は若狭勤番。
旗本隊は近江勤番。
勤番でないのは五番隊、六番隊、
そして鉄砲隊のみで構成された十番隊。
まず五番隊は加賀へ向かわせた。
一向一揆掃討の汚い作戦に従事させた。
十番隊は美濃が拠点なので自然、半数が甲斐武田に備え、
東濃城に詰めていた。
武田が攻めて来たら籠城し、味方の来援を待つ構え。
残り半数は尾張織田家への加勢として出向中。
織田信長の意向で居城・清洲の近郊に駐屯していた。
信長が全軍を率いて出撃したら、清洲の留守を預かるそうだ。
完全に手空きなのは六番隊のみ。
私は決断した。
「私が旗本隊を率いて行く。
その間の近江勤番は六番隊に任せる。
いいな」皆を見回した。
伊東が私に問う。
「殿が決められたからには異存は御座いません。
ただ、どう動かれるのか、その方針をお聞かせ願いたい」
「美濃へ向かい、武田の動きを見定めて、それに対処したい」
「武田の本体が飛騨に向かった場合、どうされますか」
「敵味方が確としないので介入はしない。
後尾の武田のみを討つ」
「武田が東濃の遠山一族の領地に入った場合は」
「こちらも介入はしない。
東濃城を拠点にして、出過ぎた武田の頭のみを討つ」
☆