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oh! 銭ぜに銭 ぜに銭ぜに。  作者: 渡良瀬ワタル
95/248

(交錯)15

 厩橋城を管領の居城にする事には誰も異を唱えない。

問題はただ一つ。

家臣数の少なさ。

かつての旧臣は今さら呼び戻せない。

彼等が自らの判断で管領を見限り、離れて行ったもの。

そんな彼等に声を掛ければ管領の威信が傷付く。


 長尾景虎は黙って成り行きを見守っていた。

自分の管掌外と言う事もあるが、それよりも興味がなかった。

戦の段取りなら喜んで口出しするが、この手の話はどうでもよかった。

早く終われと思いながら膳の酒を飲み干し、

廊下に控えている女中を呼び寄せた。

「この酒は土地の酒か」

「はい、城下で仕込んでおります」

 景虎は何気ない動作で膳を掴み、女中の顔を横殴りした。

一瞬の出来事。

既のところで女中は顔を捻って躱した。

膳の上の物が飛び散った。

 それからは異様な早さで展開した。

軽業師かと言いたくなるような女中の動き。

転がるようにして大広間から抜け出すと、

誰かが声を上げるより先に庭先に飛び下り、後ろも見ずに駆け去った。

「追え、追って捕えよ」

 管領の側仕えの指示で廊下に控えていた若侍達が慌てて追う。


 景虎に長野業正がにじり寄って来た。

「あれは風魔でしょう、よく分かりましたな」

「たまたまです」

 景虎は真相は明かさない。

あの女は以前、どこかで見掛けた覚えがあった。

ここ厩橋城近辺ではない。

しかし、つい最近のどこかで・・・。

絶対に見間違えではない。

問題はどこで見たかだ。

 風魔だとすると、北条が関心を寄せるのは・・・。

沼田だ。

城下で見掛けた。

あの時のあれだ。

小奇麗な商家の娘を装って、城に入る景虎達を迎える列にいた。

十五六才にしか見えなかったが、今日は三十五六才の老け顔。

どちらが本当かは知らないが、よく化けたものだ。


 景虎に新たな膳が運ばれて来た。

長野業正が酒を勧めた。

景虎は新たな盃で受けて飲み干した。

「相変わらず良い飲みっぷりですな」

「水みたいな物です、さあお返しを」

 景虎が長野業正に返杯した。

ところが長野は断った。

「申し訳ない。

このところ身体を壊してしまい、酒はもういけませんな」

 武田や北条を相手取り、上野の一角を守り切っている男が、

寂しい顔で景虎を見た。

上野の虎と呼ばれても老いには勝てぬようだ。

景虎は無理には勧めない。

「そうですか」

「気にしないでくだされ。

老いは誰にも来るもの。

・・・。

ところで景虎殿、

沼田を接収されたそうですな」

「いかにも」

 今回の戦いの論功行賞として管領より正式に与えられた物ではない。

越後と上野の出入口を北条に制されていた今回の教訓を活かし、

半ば強引に長尾家の物とした。

「ここを抑えておかねば、上野に来れませんからな」

 景虎はそう説明した。

これには誰も異論を唱えなかった。

氏族と城を北条に乗っ取られていた地元の沼田衆でさえそうだった。

面と向かって言える者は皆無。

管領は追認した。

「景虎殿への論功行賞としよう。

今日より沼田は長尾家の所領とする」


 長野業正が景虎を見詰めた。

「沼田の城を改修されるそうですな」

「ええ、あれでは三月と持ちません。

冬の間に落されてしまいます。

せめて一年は籠城できるようにしませんとな」

「どうでしょうな、箕輪衆にも手伝わせて頂けませんかな」

 思いもかけぬ提案に景虎は驚いた。

「それは嬉しいですが、宜しいのですか」

「ええ、うちの業盛の修業にもなります。

是非とも扱き使って頂きたい」

 長野家の嫡男は河越夜戦で受けた傷が元で亡くなっていた。

業盛はその弟、いずれ彼が家督を相続すると見られていた。

景虎は長野業正の言葉の、言外の意味を汲み取った。

人手不足の管領に業盛と箕輪衆を出さず、景虎に出す。

管領の先行きを危ぶみ、景虎に箕輪長野家を託すと言っているも同然。


     ☆

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