(交錯)14
北上する北条軍の足が止まった。
北から使番が現れたからだ。
彼は厩橋城の城代からの書状を持参していた。
一読して氏康は使番に確認した。
「沼田城が落城したとあるが、城主・沼田の生死が書かれておらぬ。
如何した、討ち死にか、逃げ落ちたか」
「不明です。
撤退して来た沼田勢の中に姿はありません」
沼田城は越後勢の侵入を防ぐ上野の第一の関門。
それだけに城の防備態勢には氏康も注力した。
城主の人選もその一つ。
一門衆の一人を沼田氏に送り込み、紆余曲折はあったが、
氏族と城を乗っ取らせた。
それが、たった一晩で瓦解したと言う。
それにしても長尾軍の動きが早過ぎる。
越中の戦から間もない筈なのに、この早さ、手際の良さ。
沼田城内に内応者を仕込んで置いたに違いない。
もしかして昨年から用意周到に準備していたのか。
越中も沼田城も・・・。
上野の他の城は・・・、厩橋城は・・・。
疑えばきりがない。
氏康に重臣が歩み寄って来た。
多目元忠。
北条の誇る精強部隊・五色備えの一つ、黒備えを率いる武将だ。
片膝付いて何気ない顔で何気なく進言した。
「せっかく向こうから来てくれたのです。
河越まで退いて、のんびりとお茶でも飲みませんか」
時期的に今川家は出陣した頃合いだ。
一月か二月、長尾軍を引き摺りまわせば約定は成る。
「そうは言うがな、当家の面子がある」
「上野の者達の多くは長尾に内通済みでしょう。
ここで戦っても足を引っ張られて、我等は疲弊するばかりです」
「やはりお主もそう思うか。
坂東武者は勇猛ではあるが、舌を二枚も三枚も持つから始末に困る」
「あくまでも勝ち残る事に拘る、それが坂東武者です」
「畿内の武者と変わらぬではないか」
「違った畑で採れても武者は武者。
腐った奴が口から吐く美辞麗句。
そんな輩ばかりです。
真面目に付き合う様な輩では御座いません。
適当にあしらい、時期を見て潰して回りましょう」
多目は時として訳の分からぬ事を口走る。
氏康は苦笑いを隠さずに頷いた。
☆
☆
関東管領・上杉憲政を擁した長尾軍が上野国の厩橋城に入った。
大広間の上座でその上杉憲政が得意満面の笑みで諸将を見回した。
「皆の助勢でここに戻れた、一同、感謝するぞ」
長尾景虎は管領の言葉を聞きながら、状況を分析していた。
北条軍は沼田城の落城を知るや、直ちに全軍が上野から退いた。
河越城に入った北条氏康がその差配を行ったと言う。
その氏康の真意を越後忍びに探らせた。
何故、上野国を放棄したのか。
が、探れなかった。
北条の忍び・風魔が一分の隙なく守りを固めていた。
景虎は考えながらも、視線は上杉憲政に向けていた。
景虎はこの管領を気の毒に思っていた。
家業に縛られて自由ではいられない人。
自分もそうだから他人事ではない。
彼は北条軍から逃れて越後に来た時は低姿勢であった。
一族と僅かな供周りを引き連れ、庇護を求めた。
これまでの付き合いから断れなかった。
それ以来、ずっと養って来た。
管領は居候していた曇り日から開放され、いきなり陽の光を浴びた。
そのせいだろう、得意満面の笑みが分からなくもない。
こんな日があっても構わない。
景虎は暫くは目を瞑る事にした。
大広間には上野の国人衆や主立った地侍衆が顔を揃えていた。
皆が上杉憲政の帰還を言祝ぐ。
そんな中、一人が声高に言う。
「管領様、居城の平井城は北条方に廃城にされました。
この厩橋城を新たな居城とされては如何ですか」
上杉憲政の眉がビクッと上がった。
「そうか、そうだな」考え込む。
越後までの供周りの一人が賛同の声を上げた。
「宜しいではありませんか。
これから関東の諸将に号令を下すのです。
それに相応しい城だと思います」
上杉憲政は景虎を見た。
「景虎殿、お主はどう思う」
「某は越後の守護。
関東の政には口出しいたしません」
余計な事は口にはしない。
筋違いは諍いの元。
すると一人が低い声で上杉憲政に尋ねた。
長野業正、箕輪城主。
「管領様、厩橋城を守れる兵を揃えられますか」
確かにそうなのだ。
越後まで随行して来た忠臣はごく僅か。
これでは小さな屋敷一つ守れない。
急遽集めるのも難しい。
北条方の忍びが紛れ込む懸念があるからだ。
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