(開演)9
斎藤義龍は道三軍の真正面に到着した。
移動疲れのところを狙われるかと思いきや、動き出す気配が微塵もない。
全軍の陣組みは長井道利に任せ、本陣を出て道三軍の様子を見た。
こちらの目算を外し、長良川を渡河して余裕で待ち構えていた。
遠目にだが、無勢にもかかわらず小高い丘に堅陣。
攻め落とせと誘っているのか、あるいは織田軍待ちか。
道三、老いたるとは言え、あっぱれなもの。
踏み潰しがいがある。
味方第一陣から日根野弘就が歩み寄って来た。
「嬉しそうになさいますな。
こちらは手こずるのです、そこはお忘れなく」
「許せ。
これで終わるかと思うと感慨深い。
ここを墓場にしてやろう」
「問題は援軍の織田軍ですな。
すでに木曽川を渡河し、急ぎ向かって来ています」
「それを道三軍は知っておるのか」
「織田軍、道三軍、双方の使番は見つけ次第、切り捨てております。
それでも抜けて来る者は多少はいるかと」
「うむ、少し弄るか。
織田軍には西濃勢を当てる。
こちらからは向かわず、織田軍が走り疲れする辺りに布陣させよう。
道三軍には東濃勢を当てる。
正面から押して押して、浅瀬まで押し戻す。
途中で崩せる様なら殲滅しても構わん。
取り零しは対岸に回り込んでいる竹腰勢に任せればよかろう」
「我等、中濃勢は」
「中濃勢は待ちだ。
双方の様子を見つつ、つぎ込む」
丘の道三軍に動きは見られない。
織田軍の到着を待っているのだろう。
その織田軍が着々と接近していた。
本陣の斎藤義龍の元に物見から次々と知らせがもたらされた。
道三軍が渡河した浅瀬の対岸に竹腰勢が布陣した。
与力の土豪や地侍を含めて千五百。
小勢だが、牽制にはなる。
西濃勢が丘から離れた地点に布陣した。
予想される織田軍の進路の真正面。
多少の誤差があっても充分に対応できるはずだ。
と、丘の道三軍から鬨の声が上がった。
そこへ物見が本陣に駆け込んで来た。
「織田軍の先鋒千が間近に迫って来ております。
直に西濃勢と会敵します」
斎藤義龍が即座に問う。
「千とは少ないな」
物見が応じた。
「信長自ら先鋒を率いている模様。
本来の本隊千、小荷駄隊五百は遅れております」
斎藤義龍は日根野弘就に目をくれた。
「日根野」
「はっ」
「織田軍の遅れている本隊とやらが気にかからぬか」
「小勢は奇策に頼るものですからな」
「任せてよいか」
「おまかせを」
二方向から喊声が聞こえてきた。
左耳には織田軍先鋒が西濃勢にぶつかる音。
右耳には道三軍が丘を駆け下り、東濃勢に斬り込む音。
斎藤義龍は長井道利を見た。
「自ら丘から降りて来るとはな」
「何らかの勝算があるのでしょう」
「ここは確実にやる。
長井、迂回して丘を攻め取れ」
「攻め取った後は」
「任せる」
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