(交錯)9
五日目は休養に当てられていた。
そこで私は手空きの大人衆を呼んで、まず遠山家の事情を聞いた。
聞いて驚かされた。
面倒臭い。
遠山家の惣領家は岩村遠山氏。
そして狭い地に割拠し、競い合う遠山七頭と呼ばれる分家筋。
一族内での主導権争いもあるが、それだけでは飽き足らず、
隣接する地の有力者とも揉めているそうだ。
ここ美濃だけでなく、東は信濃の小笠原氏や木曽氏、
新たに信濃に進出して来た武田氏、南は三河を従属させている今川氏、
加えて織田氏、それらへ臣従してみたり離反してみたり、
ともかく内とも外とも離合集散の繰り返しで忙しないそうだ。
「我が明智家との関係はどうだ」
「往き来はありますが、未だ干戈は交えてはおりません」
「美濃勤番のお主達の方針は」
「静観の構えです」
「その訳は」
「当家は今、新たな領地の統治で手一杯です。
なので、ここで新たな面倒を背負い込む必要はない、
全員でそう判断いたしました」
新たな領地、特に加賀国には手間取っていた。
大枠としての加賀は占領した。
しかし一向一揆が一向に下火にならない。
地に潜った坊官が執拗に信者を煽り、一揆を継続させているので、
民生が安定しないのだ。
このままだと夏の収穫が皆無に近いので、
冬には一揆勢に大勢の餓死者が出るだろう。
「餓死するまで追い詰めるのか」
「いいえ、能登や越中方面に追いやる段取りで進めております」
「能登や越中に追いやるのか。
良い考えだが、双方から抗議されぬか」
「一揆勢がどこに逃れるか、こちらの与り知らぬ事です」
次に聞いたのは飛騨国の事情。
力があるのは飛騨南部を実質支配している三木氏、
飛騨国司家・姉小路の名跡を継いで現在の名乗りは姉小路嗣頼。
山深い隔絶した地も戦国の下剋上からは逃れられなかった。
内では江馬氏らの国人衆と争い、隣接する信濃国とも争う。
そしてここにも甲斐武田氏の手が伸びていた。
「どこにでも顔を出す甲斐甲斐しい甲斐武田か。
働き者だとは思うが、美濃は遠山家だけか、他はないのか」
「今のところ遠山氏だけです。
信濃全土を占領した訳ではないので、
こちらを刺激したくないのでしょう」
「当家に信濃の反武田勢を支援されたくないと言う事か」
「はい」
「出兵にも銭が掛かるが、策を弄するにも色々と掛かる筈だ。
甲斐はそれほど豊かなのか」
「金山を持っておりますので、少々の事では揺らぎません」
「ほう、金持ち喧嘩するのか」
「畜生道の極みですな」
☆
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駿河の国の今川館。
今川義元は嫡男・氏真に家督を譲ったが実権は手放していない。
よく治まっている駿河と遠江を氏真に任せ、
自分は三河を足場に征西へ注力した。
彼の当面の敵は尾張の織田家。
その織田家の内情を探らせていた者が戻って来た。
「犬山城の城主、織田信清が信長に討たれました」
経緯を聞いた義元は頭を抱えた。
こうまで易々と織田一族が統一されるとは考えていなかった。
よりにもよって散々煮え湯を飲まされてきた弾正忠家ではないか。
その上、後背地の明智家と縁組した。
妹二人を正室として送り込んだ。
つまりは、尾張に攻め込めば明智家から援軍が来る。
今川一家では心許ない。
甲相駿三国同盟を活かすしかない。
義元は甲斐と相模双方に書状を託した重臣を派遣した。
☆
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相模の小田原城。
北条氏康も嫡男・氏政に家督を譲って隠居したが、
御本城様として氏政を後見していた。
その御本城様の執務室に氏政からの先触れが来た。
面会を求めていた。
それも急ぎらしい。
「否はないが、何か出来したのか」
「駿河から庵原忠縁殿がお出でになりました」
「ほう、早いな」
駿河今川家の重臣中の重臣である。
亡くなった今川の黒衣の宰相・雪斎の縁者でもある。
訪問の先触れが来ていたのは知っていた。
しかし、こうも早く到着するとは思いもしなかった。
通常なら先触れが駿河に帰還した頃合いに出立するのだが、
何か駿河にあったのか・・・。