(交錯)8
丘の上にて信長を守っているのは馬廻りと森可成の手勢。
最初の敵の奇襲を受けて数を減らしてはいるが、
それでも士気は極めて高い。
何時でも出撃出来るように編成し直し、今か今かと出番を窺っていた。
丘の下の田畑には信長軍が防御態勢を整え、布陣していた。
正面の鉄砲隊五百の筒先が順次、火を噴く。
それを敵は横合いから攻めようとするが、
徒士の者達が槍の穂先を並べ、鉄砲隊の左右側面を守っているので、
攻めあぐねていた。
丘の下に布陣し、攻勢一方だった敵が乱れた。
敵陣の後方に新たな軍勢が出現したからだ。
旗指物は信長軍。
農道から次々に駆け下り、敵陣に攻めかかって行く。
信長が采配を揮うより早く森勢は出撃した。
丘を駆け下り、味方鉄砲隊を割るようにして抜け出、敵陣に斬り込む。
野に放たれた獣。
奇襲で斃れた味方の仇と言わんばかりの勢い。
これに徒士の者達も続いた。
一際大きな声が響いた。
「総員、ちゃっけ~ん」
鉄砲隊か一斉に銃剣を取り付けた。
「これより敵を殲滅する。
隊伍を組み次第、各個前進せよ」
五人一組になり、前進を開始した。
信長が心底からの喜び。
「これで尾張の統一は成った」
その言葉を補強するように近習が使番を連れて来た。
「城攻めからの使番です」
使番が信長の前で跪く。
「犬山城を占領いたしました」
「味方の被害は・・・」
「城兵が少なく、味方の被害はごく僅かです」
「犬山殿は・・・」
信長の姉は城の名から犬山殿と呼ばれていた。
「ご息女と共にご無事です」
信長はホッとした顔で妹二人を見遣った。
夕刻を過ぎた。
少しずつ暗くなって行く。
星も一つ、二つ、三つ。
長い雑木林を抜けると前方が明るくなった。
夕焼けではない。
前方に人による灯りが見えた。
あれは稲葉山城・・・。
稲葉山城が煌々としているだけでなく、その城下も似たようなもの。
近付くにつれて、盛大に篝火を焚いているのが見て取れた。
兵だけでなく町民達も列をなし、私達を歓声で迎えた。
貴賤の区別なく皆が歓迎していた。
特に輿の登場時には最高潮になった。
周りにいた兵士達が制止せねば、群衆が押し寄せたかも知れない。
次の日からは美濃の者達の挨拶を受けた。
まず初日は直臣である足軽達から。
大人衆、諸役・番役方の長、山窩衆、河原衆、下役の頭衆。
随分と増えたものだ。
それもこれも世が乱れてるからだ。
二日目は領地を献上して銭雇いとなった元国人や元地侍の与力衆。
こちらも増えた。
自分達の領地からの上がりより、
銭雇いの方が実入りが良いと気付いたらしい。
ますます増える傾向にあるとは大人衆の弁。
結構な事だ。
直轄の領地が広がれば開発もし易い。
三日目は領地持ちながら臣従している国人衆や地侍衆。
これもまだまだ数が多い。
しかも何故だか意気軒昂。
その根拠が分からないから困ったものだ。
しかし私には有力な味方がいた。
最大の国人である斎藤家だ。
嫡男の後見人である近江の方が祝ってくれた。
四日目になると私達も疲れてきた。
お市には顕著に現れた。
「私つかれちゃっやーた。
休んじゃ駄目かにゃー」
お絹が頭を抱き寄せた。
「これが正室の初仕事。
みゃあちいと二人で頑張ろう」
三人並んで言祝ぎを聞いた。
本日の来客は直轄地の町長や村長、寺社の者達。座の者達。
年寄り率が高いだけに挨拶も長い、くどい。
それでも我慢、我慢。
そしてある事に気付いた。
東濃の有力者である遠山家からの挨拶がない。
遠山家は臣従はしていないが、敵対もしていない。
どちらかと言えば分家を通じて甲斐武田に近い。
それだけに要注意だ。
もう一つ、隣国の飛騨からも誰も来ていない。
こちらにも武田の手が伸びている。
武田は信濃で足止めを喰らっているが、そこを突破したら次は・・・。
幸い東濃城が堅固であるから侵攻は防げるが、
それだけでは万全ではないだろう。
何か手を打たねばならない。