(交錯)6
信長一行の見送りを受けて私達は美濃に戻った。
草木の植生が変わった訳ではないが、雰囲気が違う感がした。
たぶん、地元に戻った安心感のせいだろう。
暫く行くと背後から、それも離れた場所からの銃声が聞こえた。
それも複数。
思わずその方向を振り返った。
他の者達もだ。
側仕えの沖田蒼次郎がとっさに口にした。
「うちの銃声に似てる」
そうなのだ。
製造元により銃声が異なると聞いていた。
銃身のせいなのか、弾丸のせいなのか、火薬のせいなのか、
そこまでは分からない。
鉄砲足軽を率いていた山南敬太郎が駆け寄って来た。
「織田様に何かが起こりましたな」
銃撃する事態に遭遇したと言いたいのだろう。
乱れていた銃声が整えられてきた。
多段撃ちに移行した。
想像するに、奇襲されて混乱したが、ようようの事で立て直した、
そう想像した。
私は気が急いた。
取るものも取り敢えず信長の下へ駆けつけたい。
そう思い、馬の腹を蹴ろうとした。
そんな私に声がかけられた。
「殿、落ち着きなされ」
沖田が私を制した。
それで自分を取り戻した。
冷静に状況を分析した。
今の尾張には信長に敵対する勢力がまだまだ存在する。
しかし、殆どが小勢力。
今回の襲撃もそれだろう。
よくて千、多くても二千。
それで討てるとは、とても思えない。
近くには縁戚で繋がる犬山城もある。
その城主は今回の縁組を、体調を壊したとして欠席していた。
なので、どんな人物かは知らない。
が、信長の姉が嫁いでいるのだ。
たぶん、信長の救出に手勢を向かわせるだろう。
私は沖田に命じた。
「先に向かい、物見せよ」
「承知」
沖田は近くにいた騎乗の数騎を指名すると、
引き連れて尾張に向かった。
近藤を始めとした面々が集まって来た。
「土方、私は信長殿を助けに向かう。
直ちに騎馬のみにて救援部隊を編成せよ」
「承知」
「近藤、信長殿を連れて戻るかも知れぬ。
お主はこの地点に布陣し、追撃して来る敵に備えよ。
輿の二人をくれぐれも頼む」
「承知」
私は大人衆次席・武田観見に命じた。
「稲葉山城へ向かい、状況を説明せよ」
「承知」
参謀・新見金之助に命じた。
「近藤の補佐をせよ」
「承知」
奥仕えのお宮に命じた。
「輿の二人を頼む」
「承知」
流石はうちの大人達。
緊急事態にも動じない。
無駄口もない。
テキパキと動き回った。
「何をなさっているのですか」
お宮の驚きの声。
一頭の馬にお絹とお市が相乗りして、こちらに向かって来た。
その後を替え馬担当の足軽五十人頭が困った顔をして、付いて来た。
二人が勝手に替え馬を奪ったのだろう。
私の顔色を読んだのか、お絹が言う。
「勝手して申し訳ございません。
ですが、あれでも信長は私達の兄なのです。
共に向かわせて下さい」
いつもの口調と違い、きちんと喋った。
お市も言う。
「お願いします。
何の力にもなれませんが、共に行かせて下さい」
後ろのお宮は困惑していた。
問答してる暇はない。
私はお宮に命じた。
「共に来い」
お宮の変わり身は早い。
懐から細い紐を取り出すと、手早く襷掛けした。
替え馬担当を振り返った。
「馬を三頭用意なさい」
人垣の後ろから、お宮配下の奥女中二名が抜け出て来た。
その二名も襷掛けしていた。
何とも用意周到なこと。
牽いてこられた馬に三名が颯爽と跨った。
お宮がお絹、お市を睨むように見た。
「後でよくお話しましょうね」