(交錯)4
信長は食べるだけではなかった。
ある程度のところで食事を切り上げると、招待客の方へ向かった。
一人一人に声をかけ、連れの女子供の笑いを誘う。
その巧いこと、巧いこと。
あざといが、そんな信長を笑う事はできない。
私も似た様な事をしていたからだ。
当主だからと言って雲の上の存在であってはいけない、そう肝に銘じ、暇を見つけては足軽の宿舎や屯田の村、職工の村等を訪れ、
野外で料理を振舞うのを心掛けていた。
皆と一緒に食事し、他愛のない会話する。
そんな中で、手前勝手な受け取り方かも知れないが、
彼等と分かり合えたと感じる瞬間が幾度となくあった。
だから、無駄な時間と言う向きもあるが、
その無駄をこれからも続けて行こうと思う。
☆
☆
犬山城は清洲よりも美濃が近い。
本丸より清洲は見えないが、美濃の山々はよく見える。
城主・織田信清は城内の一室に腹心を招いた。
「して、清洲の様子はどうだ」
「浮かれてますな。
嫁ぎ先が明智家ですので無理からぬとは思いますが」
「信長が国境まで見送りすると聞いたが、そこは」
「送ると某も聞きました。
明智家当主とはかなり親しいので、まず間違いないかと」
「信長自身の供周りは・・・」
「領内ですので千。
先導の森勢が五百。
合わせて千五百です。
やりますか。
国境で明智家を見送れば手薄になります」
腹心が信清をジッと見上げた。
肝心の信清は即断はしない。
「どこを通る」
「明智家は正室を美濃の者達に披露するので、
稲葉山城に向かうそうです。
そうなるとこの近くを通らざるを得ません」
信清は立ち上がり、外を見た。
いい天気だ。
この調子なら明日も晴だろう。
戦日和とも言える。
信清は信長と敵対はしていない。
信長の姉が正室なので、周りからは信長寄りと見られていた。
しかし、心は晴れない。
反信長の者達の多くは潰された。
残っている者も、今では小さく身を伏せて陰口を叩く程度。
牙を剥くまでの者はいない。
しかし・・・。
このままでは自分も信長の弾正忠家に組み込まれてしまう。
信清が決断した。
「国境からの帰りの信長を討つ。
奥の者達に気付かれぬように手配せよ」
☆
☆
清洲城の外に明智家の旗本隊が整列した。
陣頭は美濃に向けられた。
大手門が大きく左右に開かれた。
森可成の手勢を先導に、輿が二つ、静々と出て来た。
担ぐ輿丁は各八名。
交替要員も各八名。
二つの輿には明智家に輿入れするお絹とお市が乗っていた。
法螺貝が吹かれた。
これを合図に陣鐘が突かれ、陣太鼓が打たれた。
角笛、尺八が加わり音が厚くなって行く。
旗本隊が臨時編成した軍楽隊による派手な祝いの演奏。
これには見物していた者達がどよめいた。
「なにしとる」
「びっくりこいたわ」
「え~よ、え~よ」
調子に乗った者達が手前勝手に踊り出した。
そこは尾張者。
うつけた踊り、傾いた踊り。
「だ~でだ~でだ~で」
「ちょ~ねちょ~ねちょ~ね」
それを咎める者はいない。
陣頭に旗印と馬印が掲げられた。
号令が掛けられた。
「出発する、しゅっぱーつ」
一斉に鬨の声。
「おー」響き渡る野太い声。
輿の中からお市が姉に声をかけた。
「私達負けてるよね。
どうすにゃいかんの」
「手を振るしかねぇわね。
でも輿から落ちねぇように注意こくのよ」