(交錯)3
最後の日の昼。
信長が清洲城の居館の庭を会場として提供してくれた。
賄いの指揮を執ったのは明智家旗本隊の山南敬太郎。
配下の鉄砲足軽を総動員して賄いを開始した。
幾つもの野営用竈が並べられ、釜が置かれ、水が張られ、
薪に火が付けられた。
水場では野菜や肉が洗われ、細かく切られて行く。
きびきび動く足軽達を見て信長が感想を漏らした。
「賄いが得意な鉄砲隊か。
羨んでいいのか、違うだろうと突っ込んでいいのか、・・・悩むな」
私は苦笑いで誤魔化すしかなかった。
そんな私を見て信長が言う。
「ところで義弟殿よ、加賀攻めは前から考えていたのか」
「まさか、偶然の賜物ですよ。
朝倉家が企み、それに当家が乗っかった、そういうことです」
「ほう、そういうことか。
しかし、一向一揆が相手だと大変だろう」
「ええ、戦った足軽達が言うには、まるで別の生き物。
斬っても斬っても、次から次と湧いて来るので、始末に困るそうです」
「奴等は坊主の操り人形だから斬っても切りがないだろうな。
ご苦労な事だ」
信長は私を和ませようとして話を変えた。
自分の失敗談を語り、笑わせてくれた。
本当に私は年長者に恵まれている。
側仕え達がいる、大人衆もいる、越後には景虎がいる、
そして目の前には信長がいる。
私に足りないのは家族だけだ。
その家族を引いても、補って余りある今の状況に感謝すべきだろう。
鼻を擽る匂いが漂って来た。
招待客達もそれに気付いたらしい。
一人二人と竈の周辺に足を進めて行く。
お蝶殿が道三殿を連れて山南に声をかけた。
他の招待客も足軽達に気軽に質問した。
それに対し足軽達は、物怖じせずに丁寧に応じた。
これは屯田村の教育の成果だ。
信長が私に目顔で問う。
そこで私は教えた。
「越前の敦賀津に唐人町があります。
そこで唐人達が食べている料理を山南に学ばせました」
「そう簡単に学べるものか」
「山南の舌は特別なんでしょうね。
短い期間で何品か覚えて戻って来ました」
「ほう、それじゃそれを食わせて貰うか」
招待客は信長の家族、一門と重臣、そしてその夫人や子供。
総じて女子供が多い。
最初の一品目が美濃焼の皿に盛られて私と信長の前に差し出された。
食欲を大いにそそる匂い。
「凶悪な匂いだな」信長が鼻をはふはふ。
私は箸を取り、毒見として一つを、たれに浸け、口にした。
美味い。
「これは餃子と言います」
信長が箸をひったくり、私を真似た。
一つを突き刺し、たれに浸け、口に放り込む。
頬張る図が微笑ましい。
「これはいい、皆も食せよ」
肉餃子、椎茸餃子、海老餃子、野菜餃子。
共通しているのはニラと白菜。
大好評に慌てた私は皆に注意した。
「もう一つ別の物も用意しているので、
この餃子だけでお腹一杯にしたら、次は食べられなくなりますよ」
途端、皆の箸が緩くなった。
もう一品が私と信長の前に差し出された。
美濃焼の丼が二つ。
私より先に信長の手が伸びた。
「これは熱い、しかも面妖だな」
黄金色の澄んだ汁の中に黄色い細い麺が群れていた。
私はもう一つを手に、食べ方を伝授した。
「これは拉麺と言います。
熱いので舌が火傷せぬように、息ではうはうして食べます。
汁も熱いけど飲むと美味いですよ」
私は汁を飲み、麺を箸で手繰り、口にした。
これも美味い。
信長がさっそく汁を飲んだ。
「おお、絶品ではないか」
次に麺を口にした。
食い終えると山南を見た。
「山南、お主、ワシに仕えよ」
私が断る前にお絹とお市が信長に抗議した。
「兄上、言っていかん事とわりぃ事があぁあ。
撤回してちょーがゃあ」
「何という事を言うんだがやか兄上。
山南がいのうなったら私達が困るだがや」
私は信長に提案した。
「城の賄い方を敦賀津の唐人町で修業させたらどうですか」
「そうか、その手があったか。
何人か送り込むから宜しく頼むぞ」