(交錯)2
翌日、嫁が判明した。
信長の居館の大広間で嫁を紹介された。
一人は顔見知りのお市殿。
その隣には大人びたお市殿、実姉のお犬殿と紹介された。
同腹だそうで、よく似ていた。
「そちらの要望で姉妹を正室として貰い受けたいと申し出があった。
よくよく考えた末、承諾する事にした」
私は驚いた。
正室が二人とは・・・。
それも姉妹で・・・。
うちの大人達は何を考えているのだろう。
「宜しいのですか・・・」
「宜しいも、宜しくないも・・・。
お主は親兄弟に恵まれてない。
そこで大人達が、このままでは明智家の先行きが危ういと心配した。
で、今回の嫁取りになった訳だ。
・・・。
まだまだ妹達がいる。
二人で少ないなら三人目もつけるぞ」
「いいえ二人で十分です。
しかし信長殿、本当に宜しいのか」
信長は顔を顰めた。
「当の二人が乗り気なんだ。
ワシにはどうする事もできん。
せいぜい子作りに励んでくれよ。
大人達としては十人は欲しいそうだ」
お市殿が私をジッと見た。
「光国様、びっくりこいやーた。
でも、聞いてちょ。
必ずや、お役に立ちますにゃー」
お犬殿が私を見て、軽く会釈した。
「初めてお目にかかりよーる。
お犬と申こくにゃー。
光国様の事は妹からよう聞いとゃあ。
二人で十人くらいなら、え~よ」
姉妹で奥を仕切ってくれるのなら、こんな心強い事はない。
よく考えているよ、うちの大人達。
でも一つ、懸念が。
「お犬殿、私は犬を飼っています。
子犬を入れると六匹になります。
そこにお犬殿が来るとなると、皆が困ると思うのです。
呼び方が、人のお犬なのか、犬の犬なのか・・・」
お犬殿が嬉しそうに言う。
「そうだがやわね。
犬なのか、お犬なのきゃ。
私は犬が好きだで構いませんけど、仕えてくれる者達が困りますわね。
それでは私はお猫とでも呼んで頂こみゃーか」
お犬殿は冗談が好きらしい。
隣でお市殿がケラケラ笑う。
信長が窘めた。
「お犬、初対面で冗談はよせ。
光国殿が驚いとるだろう」
私はお犬殿を見た。
「その、猫もいますよ。
飼ってはしませんけど、何匹か住み着いていまして・・・」
お犬殿とお市殿が顔を見合わせた、笑顔を私に向けた。
「犬も猫もいるのだがやきゃ」
「小谷城は極楽浄土だがやが」二人して言う。
何やかや言い合って、結局、信長がお犬の名をお絹と改めさせた。
それから数日は織田方の嫁送り出しの行事が行われた。
当然、当事者の私は全てに強制参加させられた。
お絹殿とお市殿は言うまでもない。
中盤の頃になると二人は疲れ切ってしまった。
「しんどい」「たるい」ぐちるぐちる、ちるちるみちる。
そこで私は餌をちらつかせた。
「小谷から野外料理の準備をしてきました。
最後の日はそれでどうですか」
二人の態度が豹変した。
「小谷城で食べただがやよね」お市殿。
「話には聞いていましやーた。
是非にも食べたいだがや」お絹殿。
私は二人に約束した。
「あれ以上の物を用意させてあります」
信長が急ぎ足で私の方へ来た。
「お市やお絹に美味い物を食わせるのか」
誰かに聞いたのだろう。
目が血走っていた。
それに顔色も悪い。
どうやら疲れが溜まっているようだ。
「信長殿に用意して来た物です。
それをお二人にもと思いまして、誘いました」
「そうか、そうだろうと思った。
んー、よしよし」
力の抜けた笑みを浮かべて私を見た。