(交錯)1
☆
戦も終盤に近付いた。
そこで私は旅に出された。
「気を付けて行ってらっしゃいませ」
にこやかなお園に見送られた。
心底から嬉しそうな顔だ。
私の個人的な事で領地を離れる訳だが・・・、
でも良いのか、終盤とは言え戦争中、当主が不在でも・・・。
疑問を抱いたまま私は騎乗した。
それを合図に隊列が動いた。
旗本隊四千に守られて小谷城を後にした。
隊長は四千人頭・近藤勇史郎。
主立ったところは土方や沖田、長倉、斎藤、山南。
これに大人衆次席・武田と参謀・新見、奥女中・お宮が帯同した。
途中、影武者の堀部弥平と入れ替わった。
当然、その槍持ちは義父・堀部弥吉。
私は何食わぬ顔で沖田と共に山南の鉄砲隊に加わった。
当然、徒士だ。
これは以前に受けた襲撃の反省からだ。
あの時の主犯が不明のままなので、今もこうやって警戒していた。
お陰で私は健脚になるだろう、たぶん。
美濃に入ると小荷駄隊千が合流して来た。
その荷車の多さに私は驚いた。
そんな私を沖田が笑い、小声で説明した。
「はっはっは、殿、ご存知なかったんですか。
我等の兵糧が半分、もう半分は納采の品物です」
「納采・・・」
「商家の間では結納とも申しております。
夫となる側から妻となる側へ送るのです。
物納ですね」
昨夜は側仕え達に湯浴みで、いつもよりも丁寧に洗われた。
そして今朝は髪を梳かされ、馬の尻尾のように根元で纏められた。
これ全て今回の嫁取りの為だが、ここまで物納するとは思わなかった。
まるで嫁買い取りではないか。
まあ、大の大人達が仕切っているから、これで正しいとは思うが・・・。
尾張に入ると織田弾正忠家からの出迎えがいた。
率いているのは森可成。
元は美濃守護土岐氏家臣。
今や織田家随一の武将。
八面六臂の働きぶりは近江にも聞こえていた。
その武将の出迎え、信長の気遣い振りが分かると言うもの。
私は寸前で影武者と入れ替わり、森の挨拶を受けた。
森が生真面目な表情で述べた。
「明智様、主の命によりお迎えに参上いたしました。
森可成と申します。
この先は某が先導いたします」
「御丁寧に忝い。
宜しくお願いいたす」
まだ信長は地縁血縁に縛られて尾張の統一は成し遂げていない。
それでも目前まで来ているのは事実。
残敵は少ない。
その信長の賓客を襲う輩はいない。
実際、不穏な気配は感じるが、襲撃はされなかった。
途中の村や町の者達が私達を物珍しげに見ていた。
清洲城下に入ると、それは余計に増えた。
彼等は私達を指差しながら笑顔で言葉を交わしていた。
納采が噂されているのだろう。
その清洲城では信長が門前で出迎えた。
「おお、光国殿、待ち兼ねたぞ」
私は下馬して歩み寄った。
「これはご丁寧に信長殿。
先導のお陰で無事に着けました」
「それで鉄砲は・・・」
山南がススッと前に出た。
「こちらです、ご案内します」
山南の案内で信長は小荷駄隊の方へ足早に向かった。
それを近習達が小走りで追う。
私はそれを唖然として見送った。
近藤が私に耳打ちした。
「納采の品物は鉄砲千丁なのです。
銃剣付きです」
「初耳だ。
それにしても納采に鉄砲が千丁・・・」
近藤が悪い顔で笑う。
「内緒にしてましたから」
「どうして」
「大人の都合です」
「私は元服はしてるぞ」
「織田側を納得させるには千丁が必要だったのです」
千丁・・・、当家では製造できるが、他の家中は買うしかない。
その千丁を金銭に換算すると・・・。
私が暗算してると近藤に止められた。
「無粋な真似はお止めなさい。
殿はでんと構えてれば宜しいのです」
「そうか・・・」
「そうです」
側で森が顔を背け、声を殺して笑っていた。
私はそんな森に尋ねた。
「どんな事情があったのか、教えてくれるか」
森は慌てふためき、首を横にした。
「・・・某は武骨者にて、何も知りません」