(波紋)5
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越前の守護・朝倉義景は大広間に重臣達を集めた。
上座から眺め渡すと、そこから幾つもの古い顔が消えていた。
朝倉景隆、朝倉景鏡、朝倉景紀、何れも一族の重鎮。
彼等に従っていた国人衆や地侍衆もいない。
敦賀の地をも失った。
公方様に加勢を出したのが悔やまれた。
だが、今更だ。
周囲を険しい山地に囲まれているから、
防御に徹すれば敵を撃退できる。
でもそれは一時的なもの。
入れないと言うことは、出れもしない。
何とかして窮地を脱せねばならない。
義景は山崎吉家に質問した。
「加賀の一向一揆は何と申している」
「加勢するので敦賀の地の半分を寄越せと・・・」
「受けたのか」
「お館の裁可が必要だからと、戻って参りました」
山崎吉家を加賀に赴かせ、一向一揆衆と交渉させた。
明智家が今現在の明確な敵なら、一向一揆は先祖代々の敵。
その宿敵とも言える存在に加勢を求めた。
背に腹は代えられなかった。
これに誰もが異を唱えた。
大勢の地縁血縁の者を一向一揆との戦闘で失っていたからだ。
感情を剥き出しにして、激しく反対する者もいた。
ところが誰一人、代案を出さない。
これには義景も業を煮やした。
「今直ぐ明智家によって滅びる瀬戸際だ。
対して一向一揆はこれまでも何とか凌いで来た。
強さが違う。
一向一揆はこれから先も凌げる。
各々、よく考えてみよ」
誰もが押し黙った。
義景は時間をかけて重臣達を説くつもりなので、結論は急かせない。
ここが守護とは言え、難しいところ。
彼等は重臣であり、国人でもあるのだ。
それぞれが小さいながら城持ち。
無下には扱えない。
「それぞれ申したい事もあろう。
けっして笑わん、怒らん、腹の内を聞かせてくれ。
山崎吉家が真っ先に口を開いた。
「お館様、明智家に下られては如何ですか」
これには義景も驚いた。
まさか山崎吉家の口から聞くとは思わなかった。
「それも含めて考えてみよう」
それを切っ掛けに意見が噴出して来た。
他愛もないものが多いが、何もないよりはまし。
全て聞くことにした。
朝倉義景は一乗谷を出た。
現状で動かせる最大兵力の一万を率い、足羽川に沿って布陣した。
川を渡って来る敵を迎撃する態勢をとらせた。
対岸に明智軍が現れた。
物見によると四千。
数はこちらが勝っているが、向こうは戦慣れした足軽部隊。
おまけに鉄砲隊もいる。
対してこちらは徴用した者が大半。
勝ち目はない。
不利に陥った瞬間に敗走するだろう。
明智軍は長期戦を想定しているのか、陣の構築を開始した。
噂通りの手早さ。
空堀、木柵を難無く構築して行く。
見ていると整然と働いていた。
普請も戦の一つとして看做しているのかも知れない。
炊事の煙が上がった。
こちらを尻目に悠々と食事を始めた。
こいつら緊張感を知らぬのだろうか。
朝倉義景は呆れた。
翌朝、大きな喊声が上がった。
加賀の一向一揆衆だ。
予想を越えた五万。
二日前に到着し、うちの一万が明智家に察知されぬように散開し、
潜んでいた。
それが一斉に朝駆け、明智軍を三方より襲う。
これを合図に残りの四万も参戦して来る。
事前に知らされていたので、義景は朝早くより起きていた。
陣頭に立ち、それを見た。
明智軍に混乱は起きない。
慌てる声も、怒鳴り声もない。
明智軍から一斉に鉄砲が放たれた。
釣瓶撃ち、全く止まない。
よく耳を澄ますと遠方からも銃声が聞こえて来た。
これも明智軍だ。
一向一揆が散開して潜んでいたように、明智軍の別部隊も潜んでいた。
それが伏兵として迎撃した。
山崎吉家が側に来た。
「山々から明智家の山窩衆が下って参りました」
峰々で狼煙が上がり、完全武装の明智家山窩衆が下って来た。
見慣れた美濃の国人衆の旗指物も混じっていた。
どのくらいの兵力が美濃から山を越えて越前に入ったのだろう。
考えたら鳥肌が立った。
「遅れてはならぬ」
「参りますか」
義景は軍配を揮った。
「一向一揆を討て」
鬨の声が上がった。
朝倉家の宿敵に向かって軍勢が駆け出した。
怨念が籠った気合があちこちから聞こえて来た。
これは普通では終わらぬ。
このまま押して加賀に討ち込むのは必至。
朝倉家は加賀の一向一揆を手土産に、明智家に臣従した。
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