(開演)8
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明智家の留守を預かる前当主・明智光継は朝食を終えると、
いつも通り執務室に足を運んだ。
斎藤親子で内戦していても領政の書類は提出される。
一つ一つ、目を通して行く。
結果、留守居として裁可できるものが少ないので、
未決書類が積み重ねられる。
腕を止めて一息いれた。
肩を叩き、首を回す。
はてっ・・・。
城周りで作事を行っている者達の声や音が聞こえてこない。
空堀をより深くし、木柵をより強固に組んでいる筈なのに、
夜の様に静まっていた。
何か出来したのか。
近習に声をかけた。
「作事はしておらぬのか」
「はっ、そう申されますと、はて、聞こえませぬな。
見て参りましょう」
慌てふためいて近習が戻って来た。
「作事の者達が一人もおりませぬ」
「完了したのか」
「途中で止まっています」
「光国から何か聞いておらぬか」
作事の者達は光国が銭で雇っていたので、
明智家で口出しできる範疇にはない。
一切の指示は光国からしか出せない。
近習は首を横にした。
「何も聞いておりませぬ」
そこへスリスリ、スリスリと衣擦れの音。
光国の側仕えの奥女中・お園が現れた。
廊下にゆっくり跪いた。
「作事の者達をお探しとか」
光継は目をくれた。
「お園、知っておるか」
「はい。
光国様から言伝を預かっております」
「言伝とな」
「ご隠居様がお気づきになられたら伝える様にと」
「聞こう」
「ちょいと戦して来る、そう言伝る様に申されました」
光継は判断に迷った。
ようようのこと、口を開いた。
「意味が分からん。
ちょいと戦して来る、どこへ」
「西へ向かわれました」
「一人か」
「まさか、大勢です。
銭雇いの者達を引き連れ、昨夜お出かけになりました」
「誰にも気付かれておらぬのか」
「はい、騒ぎになっていないので、その様です」
光継は平然としているお園に怒りを露わにした。
「馬鹿もん。
勝手するのを止めるのが側仕えの仕事だろう。
・・・。
それにしても光国の奴、戦したいなら最初から言えばいいものを。
すると、道三様の下へ駆け付けておるのだな」
「詳しいことは聞かされておりません」
「むっ、他の側仕えは」
「ご一緒です」
「そうか、兵力は」
「四千。
職人達は残しております」
「四千か、よく隠していたな。
装備を見たか」
「全て揃えられておりました」
自分の手柄の様な顔をしているお園を見て、光継は呆れ返った。
「それにしても、何故いまなんだ」首を傾げるばかり。
「光国様は、ときは今、と申されました」
「ときは今、わからん、あ奴はいつも訳の分からん事ばかりを」
「敵を欺くにはまず味方から、とも申されました」
「孫子か」
「最後に、お爺様ごめんね、だそうです」
光継は床を踏み抜かんばかりに、踵でドンッ。
床板をバリッと踏み抜いた。
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