(波紋)4
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近江守護の六角義賢は隠居しても実権は手放さなかった。
しかし今回の敗戦で、主導した一人として、
責任を取らざるを得なくなった。
潔く嫡男・義治に全てを移譲した。
さらには邪魔にならぬように城下町に居を移し、謹慎の形をとった。
だからと言って大人しくしている男ではなかった。
積極的に伝手を頼って情報を収集した。
その一環として三雲賢持をも呼び寄せた。
「明智家の動きが鈍いが・・・」
「今は新たに得た若狭や越前の敦賀に手をかけていて、
こちらに兵を差し向ける余裕がないのでしょう」
「ほう、手不足か。
ところで若狭で抵抗する者はおらぬのか」
「おりません」
「不甲斐ないのう。
接する丹波や丹後は・・・」
「丹波の松永長頼は静観の構えです。
丹後の一色氏も同様です」
「当家と明智家の国境の国人衆は・・・」
「あちらの国人衆は明智家からの指示で動きません。
内政に勤しんでおります」
義賢は訝しんだ。
「指示、それは・・・」
「勝手に六角家と事を構えるなと申し渡したそうです。
たぶん、国人衆に手柄を立てさせたくないのでしょう」
「そういうことか。
それでこちらの国人衆は如何しておる」
三雲は渋々と言った感じで口を開いた。
「なんとか明智家と誼を通じようとしております」
「分かり易い連中ばかりだな。
ところでお主はどうする」
三雲は視線を外さない。
「明智家に私の居場所はなさそうなので・・・」
「ふっはっはっ、すでにお抱えがいるか。
確かにそうだな
・・・。
越前一乗谷の様子はどうだ」
「優れた武将と敦賀を失い、手足をもがれたも同然です。
周囲を明智家と一向一揆に囲まれては、もう駄目でしょう」
「明智家は攻めぬのか」
「自滅を待つつもりかと思われます」
「狡賢いな。
それにワシは負けた訳だが・・・」
「今は雌伏の時。
ただじっと時節を待ちましょう」
義賢は時節到来の為に耳を研ぎ澄ませた。
聞こえるのは嫌な事ばかり。
三好が公方の遺体を買い上げて盛大な葬儀を催した。
そして日を置かずして一族を引き連れて都から退去した。
以来、幕政には関わらないとか。
明智家が琵琶湖の水運を担う町・堅田に宣戦布告した。
「公方に堅田の湖族が味方して明智家を奇襲した。
これは許し難し。
よって三日後に堅田を完全に焼き払う。
逃げる者は逃げよ。
逃げる者は追わない。
戦う者は残って戦え」
堅田衆は一枚岩ではない。
普通の商家や寺社もあった。
それらの者達が明智家に矢銭を支払うから許してくれ、そう懇願した。
だが明智家は頷かなかった。
「湖族の奇襲で死んだ足軽達の命を銭に換算するつもりはない。
どうしてもと言うなら、死んだ者達を生き返らせよ。
三日のうちに生き返らせれば、その矢銭で許す」
堅田は大混乱に陥った。
それでも有力者達は諦めない。
仲介者を探した。
幕府はそもそもの元凶なので頼れない。
朝廷は明智家とは接点がないどころか、
幾人かの公家が門前で斬り捨てられたと言う噂もあった。
有力な大名に頼ろうにも、三日では無理。
他の寺社にも心当たりなし。
仲介してくれる者はいなかった。
身の軽い者達はそうと分かると、直ぐに逃げた。
財産のある者は全てを持って逃げようとしが、全ては持ち出せない。
完全に開き直った者達は籠城を選択した。
近隣の国人衆や僧兵を雇おうとした。
だが、全てに断られた。
そうこうするうちに三日目が来た。
明智家の一部隊も来た。
町を包囲はしない。
風上に布陣した。
そこから弓足軽が火矢を射た。
それも百や三百ではなくて千を越える数。
風が変われば、そちらに移動して執拗に射続けた。
風でよく燃え上がった。
堅田に居残った者達は街中での戦いを想定していたのだが、
完全に狙いを外された。
こうなると最後の抵抗とばかり、武器を翳して飛び出して来た。
勇猛果敢と言うより無謀。
それらは全て槍足軽に突き殺された。
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