(波紋)1
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遥か西の地。
九州日向の国、佐土原城。
城主・伊東義祐は都よりの手紙を受け取った。
親しくしている幕府奉公衆からの私信であった。
読むにつれ、表情が険しくなって行く。
見兼ねた側仕えの黒木主税が声をかけた。
「殿、如何なさいました」
義祐は顔を上げない。
「・・・、公方様がお討ち死になされた」
予期せぬ答えに黒木は言葉を失った。
義祐は読み終えた手紙を手渡した。
黒木はそれを読み、弱々しく言う。
「公方様を手にかける者がいるのですか」
「畏れ多い事だ。
・・・。
これで幕府からの差し出口がなくなる。
飫肥の島津豊州家を潰せ、そういう意味合いの便りだ」黒い笑み。
黒木は便りを二度三度、読み込んだ。
「どこに、そんな・・・」
義祐はジッと黒木を見た。
「よく覚えておけ、誰に読まれるか分からぬ手紙だ。
馬鹿正直に書く奴はいない。
この手紙のように行間に意味を込める。
それが作法と言うものだ」
黒木は呆れたように主を見た。
「初めて知りました。
目から鱗ですな。
・・・。
それでは飫肥を攻めるのですか」
「ああ、幕府が混乱している。
今度こそは仲介には出て来ぬだろう。
ここで一気に叩いてやる。
・・・。
後顧の憂いをなくしたら、東征でもするか」
「伊東東征ですな」
伊東義祐は大隅国の肝付兼続と同盟し、
飫肥城の東郷則次との間に内応の約を取り付けると挙兵した。
総勢一万。
日向国南部の飫肥城へ押し寄せた。
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☆
遥か北の地。
陸奥最北端にある浪岡御所。
浪岡北畠家当主・北畠具運は読み終えた手紙を投げ捨てた。
側仕えの甲田正幸が慌てて拾い上げ、折り畳む。
「お館様、如何なさいました」
具運は甲田を見遣った。
「公方が討ち死にしたそうだ」
「なんと・・・、それは本当なのでしょうか」
「便りは都の商人からだ。
其奴には嘘をつく理由がない。
・・・。
まあ、その手紙を読んでみろ」
甲田は折り畳んだ手紙を広げた。
読むにつれて顔色が悪くなった。
「酷い話ですな。
だとすると、これから先、どうなるのでしょうか」
「誰が後を継いでも足利家は下り坂だ。
もう上向くことはない」
「すると次は・・・」
「明智家と申す大名が公方を討ったそうだが、これは無理だろう。
公方殺しの悪名ではな・・・。
一番近いのは三好家だな。
公方の遺体を明智家から買い取って、立派な葬儀を行ったそうだ」
「買い取ったのですか」
具運がさも面白そうに言う。
「明智家から売りに出ていたそうだ。
陶器や書画と一緒にな。
それを三好家が買い取った」
「それはそれは、言葉がありませんな」
「だが、面白い。
他人事だからな。
・・・。
三好家は幕政に精通している。
今、混乱なく治められるのは三好家しかない」
甲田は不安気な顔をした。
「政所の伊勢家が幕政を牛耳っている筈ですが、そちらとは」
「三好家は公方の葬儀の後、一族揃って都から退去したそうだ」
「それは・・・」
「室町幕府とは縁を切ったのだろう」
「思い切りましたな」
「そうだ、なかなかやりおる。
それで当家も時流に乗らねば、遅れを取る。
主立った者達を集めて、考えを聞こうと思う」
浪岡御所に家臣だけでなく、血縁や由縁の者達が集められた。
そこには大身の南部晴政や安東愛季も呼ばれていた。
南部家や安東家とは祖・北畠顕家以来の縁で結ばれていたので、
同席しても誰も違和感は抱かない。
具運は都の状況を知らせた。
話すにつれ、聞く皆の表情が微妙なものになった。
話の行く先が掴めず、困っているのだろう。
具運は大勢を見回して、最後を締めくくった。
「方々、暫く幕府は動きがとれぬ。
どうでござろう、この間に力を合わせて南進しようではござらんか」
「南征するということか、なんと壮大な」
「北畠は南征の家です、お忘れですか」
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