(包囲網)18
評議衆の一人が立ち上がった。
真っ赤な顔で、大声で呼ばわる。
「出ませい、出ませい。
この不埒な者共を捕らえい」
これに応じた者達がいた。
近くの部屋から、「バタンバタン」と襖を乱暴に開ける物音。
そして、「ドタドタ」と廊下を駆けて来る足音。
八名。
驚くお園。
副使の土方敏三郎がお園を庇うように廊下に出た。
「ここは任せろ」腰の刀を無造作に抜いた。
「敏くん、大丈夫なの」
敏三郎は振り返らず答えた。
「切った張ったが俺の商売だ。
泥船に乗ったつもりで任せな」
殺さずに捕らえようと言うのだろう。
八人の武士は六尺棒を手にしていた。
土方敏三郎は人数も六尺棒も意に介さない。
スッと前に踏み出して先頭の男の、六尺棒に添えた右手を斬り落とした。
続けて二番手の男の、これまた六尺棒に添えた右手。
鮮血が噴き出して廊下を濡らした。
その血で三番手の男が転ぶ。
副使のお蝶がお園の背後を守りながら、手裏剣を投じた。
一投目が四番目の男の喉元に突き刺さった。
二投目は転んだ三番目の男の右肩。
後続の男達の足が止まった。
前進を躊躇う。
それを見たお園がお蝶に声をかけた。
「お蝶、あれを」
評定衆の席でも異変が起こっていた。
元凶の男に松永久秀が詰め寄った。
「恥を知れ」
「黙れ、三好の腰巾着」
「抜かしたな」
言葉だけではなかった。
久秀は刀を抜いて、問答無用とばかりに相手を斬り捨てた。
お蝶が指笛を吹いた。
応じて近場から指笛。
そして、敷地内の建物の一角が爆発した。
屋根が吹き飛び、白煙が上がり、
屋内にいた者達が悲鳴を上げて飛び出して来た。
別の一角でも爆発した。
お園が敏三郎とお蝶に声をかけた。
「帰りましょう」
警戒しながら頷く二人。
お園は伊勢貞孝と三好長慶を見て、軽く会釈。
「もう会うことも有りませんわね。
どなた様もご機嫌よう」
大広間を沈黙が支配した。
成り行きが理解に出来ず、大半の者は何も言わない。
ただ一人、松永久秀が斬り捨てた男を見ながら伊勢貞孝に尋ねた。
「あ奴に貴方の息がかかっているのは周知の事実。
廊下に転がっている者達も同様。
貴方は何がしたかったのだ」
貞孝は蒼褪めた顔で久秀を見返した。
「ワシは何も知らん、知らんのだ」
「誰がそれを信じる。
この糞野郎が、勝手にしろ」
三好長慶は黙って使者三名を見送った。
三名の姿が消えると廊下に立ち、爆発した現場の方へ目を転じた。
最初の爆発は政所であった
次は問注所。
室町幕府の文治の中核を担う役所が破壊され、人材や書類が逸失した。
立ち騒ぐ現場の声や悲鳴、怒鳴り声が聞こえて来た。
消火と救出を同時並行で行っているようだ。
幾人かが、こちらに駆けて来た。
指示を欲しているのだろう。
長慶は彼等に背を向けた。
伊勢貞孝に歩み寄り、その肩を叩いた。
「後始末くらい出来るでしょう」
長慶は松永久秀を目で促し、花の御所から出た。
騒ぎが騒ぎなだけに、周りを囲む近習の者達が殺気立っていた。
柄に片手を添え、四方に目配りし、臨戦態勢。
長慶は騎乗し、花の御所を省みた。
まだ白煙が上がっていた。
それが都人の関心を惹いた。
貴賤を問わず、大勢が集まりだした。
長慶は溜息混じりに漏らした。
「立ち枯れか」
後ろの馬から久秀が応じた。
「むしろ、相応しいかと」
「久秀、公方様に最後の御奉公をしようと思う。
お主はどう思う」
「ちと懐が寂しくなりますが、それも宜しいかと」
「反対せぬのか」
「これで踏ん切りがつくのなら家臣一同、喜びましょう」
「明智家との交渉を任せる」
「お任せを」
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