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oh! 銭ぜに銭 ぜに銭ぜに。  作者: 渡良瀬ワタル
73/248

(包囲網)16

     ☆


 武田義統は馬に激しく鞭をくれた。

それで早くなるわけではないが、気が急いた。

背後に明智家の騎馬隊が迫っていた。

敵の先頭とは馬身で三つほど。

矢は飛んで来ないが、声は飛んで来た。

「待ちやがれ」

 義統の家来は五騎にまで減っていた。

その五騎だが、道案内として先を走っていた。

気が付いているのか、いないのか、義統を振り返る素振りは一つもない。


 徒士の者達は戦場に全て置き去りにした。

自分さえ助かれば武田家も救われる、そう信じていた。

ところが後ろに従っていた者達は全て倒された。

もう義統の盾になってくれる者はいない。

このままでは若狭武田家の存続が危うい。

 まさか義兄・足利義輝が破れるとは思わなかった。

六角勢の大軍に守られて安泰だった筈だ。

それがこうも易々と討ち取られ、壊滅の憂き目に遭うとは。

誤算続きだ。


 敵騎馬の蹄が刻々と接近して来た。

鼓動が早まり、息が詰まりそうになった。

耳元で声が聞こえた。

「貰った」

 背中に強烈な一撃を喰らった。


     ☆ 

     ☆


 公方が執務する建物は、別名、花の御所と呼ばれていた。

その花の御所に三好長慶が入ると、松永久秀が出迎えた。

「お待ち申しておりました」

「様子は如何だ」

「どうもこうもありません。

相手方の使者は女子です」


 公方から近江の戦況は花の御所には全く知らされなかった。

それはそうだ。

幕政に関わる知らせは公方の下に集められるもの。

公方から知らせるものではない。

公方が前線にいるものだから、報告はそこで止まってしまった。

誰も花の御所には知らせなかった。

現地とは切り離された状態にあった。

 そこへ一昨日、戦場から知らせが届けられた。

公方やその側近からではなく、敵の明智家からであった。

明智家が公方の近習を捕らえ、それに書状を持たせて帰したのだ。

 書状を読み、帰って来た近習を問い詰め、全てが明らかになった。

公方様お討ち死に。

ついては、その遺体の処遇に関して明智家から使者が来ると言う。


 大広間に幕政に関わる評定衆が顔を揃えていた。

それでも緊急に集められたので欠員が多い。

欠員の多くは遠隔地にいるか、戦場に留まっているか、戦死したか、

その何れかであろう。

 大広間の上座は当然、空席。

上座から見て左側に評定衆が居並んでいた。

長慶と久秀もそちらに腰を下ろした。

座長役の伊勢貞孝が廊下に控えている若者に合図した。

 若者は阿吽の呼吸で姿を消した。

暫くすると、三人を連れて戻って来た。

明智家からの使者と副使、合わせて三名であった。

 使者は女子であった。

年の頃は四十前。

綺麗な所作で腰を下ろした。

副使の一人も女子、十四五。

もう一人の副使は男、三十前。

代表して使者が挨拶した。

「初めてお目にかかります。

明智家にて奥取締役方に任じられているお園と申します。

この度は(わたくし)に全権が委ねられております」

 軽く会釈した。


 伊勢貞孝が鷹揚に頷いた。

「某が政所の執事の伊勢貞孝じゃ、よしなにな」

「伊勢貞孝様ですね。

こちらこそ、よしなに」

「それで公方様の遺体はいつ戻して貰えるのじゃ」

「それにつきましては、あれを」

 お園の目配せで、男の副使が懐から一通の書状を取り出した。

それを手前に差し出した。

先の若侍が急ぎ膝を進めて受け取り、伊勢貞孝に渡した。

 開いて読む伊勢貞孝の表情が厳しくなった。

読み進めながら、使者の顔をもチラと読みつ、また書状に目を落とす、

何やら忙し気、焦っているのか。

暫し長考し、顔を左に向けた。

三好長慶を手招きした。

 長慶は無言で膝を進めた。

貞孝が何も言わずに書状を手渡した。

再び腕を組んで、思考に入る貞孝。

長慶は書状を読み進めた。

見慣れぬ文字が多い。

個人被害額、村被害額、領地被害額、賠償金。

それらの説明と、羅列された数字。

そして最後に公方様の引き渡し金額。

初めて見る書式・・・。

どうやら公方様の遺体は買い戻さねばならぬらしい。

同時に請求された金額支払いも求められている。

もしや、これは商取引の一種なのか。

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