(包囲網)15
朝倉景隆は陣太鼓を打たせた。
途端、味方が崩れた。
公方様お討ち死にの報に接しても頑強に踏ん張っていた者達が、
真っ先に、我先に逃げ出した。
景隆は予想していたので慌てる事も、咎める事もない。
淡々と味方を逃がし、己が手勢で殿を務めた。
そこへ昔から親しくしている武将が加勢に来た。
朝倉景紀。
先代国主の四男で、朝倉宗滴家へ養子入りした堅物だ。
「手伝うぞ」
「無用、先に行け」
「遠慮するな」
年が近いせいか、遠慮がない。
どこ吹く風とばかり、朝倉景紀が手勢を後方へ回した。
殿の二段構え。
正直、嬉しい。
朝倉宗滴が手ずから鍛えた手勢なのだ。
期待してしまう。
「死ぬなよ。
死なれたら朝倉宗滴様や先代様に叱られる」
「ほう、それは是非見てみたいもんだな」
「抜かせ、ワシはお断りだ」
味方の退却を援護していると、背後から襲われた。
敵槍足軽の一隊に回り込まれていた。
それでも朝倉景隆は慌てない。
予期していた事態。
味方を鼓舞し、冷静に応戦した。
朝倉景紀も同様だ。
古強者の矜持を見せた。
こうなれば自分の、頭の上の蠅を追う番。
応戦しながら、朝倉景紀勢と交互に退く。
この塩梅が難しい。
一つでも間違えると一瞬で突き崩される。
側面に新たな敵影。
素早い動きで隊列を組んだ。
鉄砲隊だ。
入れ替わる様に敵足軽隊が退いた。
万事休す。
射撃音が轟いた。
双方の家来達が次々に倒れ伏した。
逃れられぬと見たのか、朝倉景紀がこちらを見た。
刀を頭上に振り翳して不敵に笑う。
言いたい事は分かった。
真似て刀を頭上に振り翳した。
「それぞれ、散開して逃げろ」
家来がばらけたのを確認するや、二人して敵鉄砲隊に斬り込んで行く。
「その刀は朝倉宗滴様からか」
「当然だろう、養子とは言え跡継ぎだからな。
そういうお主こそ立派な刀ではないか、それは」
「先代様からだ、不出来な四男を頼まれてしまったのでな」
「ふっ、遅れるなよ」
銃撃が二人に集中した。
鎧甲冑に喰い込む銃弾に前進を阻まれた。
敵隊列まで届かない。
朝倉景鏡の手勢は隘路を抜けて平地に出た。
後方から聞こえて来る銃撃音が止まない。
戦場から遠ざかっているのは理解しているし、追撃して来る敵もいない。
この先には、こちらの内応した国人衆の小城や砦があるだけ。
しかし、それでも安心はできない。
気奴等が公方様お討ち死にの報に接し、どう動くか分からない。
幸い、勝手に戦場から逃走した連中が先行していた。
何かあれば彼等の身体で知れるだろう。
背中が反応した。
遅れて耳に馬蹄の轟きが聞こえた。
すわ、敵の追撃かと振り返った。
味方の騎馬隊、若狭武田家勢だ。
およそ五十数騎。
それだけなら安心できたが、旗印や馬印がない。
先頭の騎馬武者の表情が事情を物語っていた。
当主を逃すために徒士の者達も含め、何もかも打ち捨て、
無様に逃げて来たらしい。
その直ぐ後方には別の騎馬集団。
腰の旗指物は明智家。
明智家ご自慢の一つ、騎馬足軽隊ではないか。
武田家当主の首を見逃すつもりはないらしい。
明智家先頭の騎馬足軽の目がこちらを認めた。
即座に後方に手で何やら合図した。
騎馬足軽隊が二つに割れた。
一方は武田家のまま、もう片方がこちらに差し向けられた。
朝倉景鏡は徒士の者達を見捨てるつもりはない。
直ちに周囲にいた足軽雑兵も呼び集め、円陣を組ませた。
盾がないので、馬が嫌がる刀の切っ先や槍の穂先を並べさせた。
敵は相性の悪い弓騎馬隊ではないか。
優位性を活かし、遠間で馬足を止めると容赦なく射て来た。
真っ先に狙われたのは景鏡達が乗っていた馬。
遠慮会釈のない矢が馬体に次々に突き刺さった。
景鏡の馬も首と胴に受けた。
痛みの余り景鏡を振り落とし、周りの足軽雑兵を蹄にかけた。
家来の手を借りて身を起こした景鏡は全員に命じた。
「散開して越前を目指せ」
一斉に全員が動いた。
それぞれが手前勝手に逃走した。
だが、景鏡は動かない。
腰の脇差を抜いた。
その場で自決を選んだ。
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