(包囲網)11
☆
足利義輝は武田信虎だけでは心許ないので、
他の奉公衆三名も物見に出した。
それぞれが手勢を率いて陣を離れた。
直後、会敵した。
「敵だ、敵が来た。
敵が後方から来た」
重なる弦音、飛来する矢、矢、矢。
入り乱れて戦う物音。
駆ける足音。
剣戟とぶつかる衝撃音。
馬の嘶き。
誰かの怒鳴り声。
「陣に入り込まれた。
公方様をお逃がししろ」
足利義輝は小姓より太刀を受け取った。
「慌てるな、防戦に務めよ。
直に六角勢が駆け付ける」
それを掻き消す激しい銃撃音が轟いた。
無数の弾丸が陣幕を突き破った。
人の侵入は防げても、これだけは手の施しようがない。
近習の数名が被弾して倒れた。
本陣の外回りには奉公衆の手勢が詰めていた。
それを突き破って来たと言うのか。
だとしたら、多勢ではないか。
銃撃音が止まない。
明智家お得意の多段撃ちであろう。
気の利いた近習が盾を持ってきた。
これを三枚重ね、その後ろに義輝を避難させた。
「公方様、今参ります」
声の方向からすると分断させられた奉公衆のようだ。
と、銃撃が止んだ。
代わりに敵の槍足軽の一隊が陣幕を切り裂いて攻め込んで来た。
足軽風情のくせして手強い。
かつ、手慣れていた。
相手が強いとみるや、二三人で組んで攻めかかる。
武士の面子なんてものは持ち合わせていない足軽の強みを活かした。
これには手練れの近習でも敵わない。
朽木谷で修業に明け暮れた者達が次々に屠られて行く。
銃撃が再開された。
加勢に来る奉公衆が標的にされた。
公方と合流させない。
霧が薄れて来たので、余計に分が悪い。
それでも諦めない。
「駆けよ、駆けよ。
公方様の元に駆け付けるのだ」
この声は、いつも苦言を呈する者だ。
小煩いので、本陣からは遠ざけて置いた。
その者が手勢を鼓舞し、駆け付けようとした。
床几が蹴倒された。
陣卓子も蹴倒された。
加勢も来るが、それより乱入する敵勢の方が多い。
「物陰に隠れているのが公方か、お似合いだな」
嘲笑う声。
我慢も限界だ。
盾の陰から見ていた義輝は足を踏み出した。
ジッと敵を睨んだ。
その足軽は槍を構えていた。
が、直ぐには突きかからない
義輝に太刀を抜く暇を与えた。
意外な相手の余裕に義輝は口を開いた。
「若いな」
「お前もな」
槍の穂先と太刀の切っ先を合わせた。
「参るぞ」
「参ったのか」
嚙み合わない。
近習二名が駆けて来て義輝の盾になった。
余裕を得た義輝は倒れている者達を見た。
具足で誰であるのか、よく分かった。
軽輩や身代の小さな近習ばかり。
心配していた側近と称されている者達が見当たらない。
ついさっきまでは本陣の床几に腰を下ろしていた。
それが一人も見当たらない。
管領の細川がいないのは分かる。
そんな奴なのだ。
だが、他は違うと思っていた。
それが、あっさりと裏切られた。
一色がいない。
三淵もいない。
細川もいない。
大舘もいない。
進士もいない。
先祖代々の奉公衆が姿を消していた。
命を惜しむのは貴種の常ではあるが、
自分までが見捨てられるとは思わなかった。