(包囲網)8
「そうだ、今は敵味方だ。
だから蔵人殿とは虎千代だが、光国殿とは長尾景虎だ」
当人があっさり言う。
敵だと認めた。
私は身構えた。
側仕え達も意味を理解したのか、私を庇う様に人壁を作った。
大石蔵人も壁の一人になった。
景虎がニヤリと笑った。
「誤解しないでくれよ。
敵ではあるが、今は昔馴染みとして会いに来た、それだけだ」
「分かりました、それで目的は」
「光国殿はこの国をどうするつもりなのだ、それを聞きたい」
「どうするとは、話が大き過ぎるのですが」
「公方様が御内書で申されている事を有りのままに伝える。
明智光国は幕府の命に従わない。
人の城を奪って返さない。
これは国を乱す行為だ。
よって国賊として討伐する。
だそうだが、如何かな」
言い終えた景虎の顔が悪い。
事情を知っていて、私を試そうとしている。
その上、腹に一物も二物も抱えている。
始末に負えない時の虎千代だ。
私は腹のうちを晒した。
「今は城どころか、国を奪い合う時代だ。
大勢の罪のない民を巻き添えにして恬として恥じない守護に守護代。
そんな輩が闊歩するのを止められない公方様に、
今さら城を奪ったと言われてもねえ・・・。
私として、お前が正義を語るな、そうお返ししたいですね。
長尾景虎殿はどうお考えですか」
何故か、景虎が腹を抱えて笑い始めた。
私の何かが笑いのツボに一針打ったようだ。
景虎が笑い涙を拭いながら私に尋ねた。
「私が聞いているのは、この国をどうするのか、だ」
「どうもしませんよ。
この世から争いが無くなる事は有り得ませんからね。
・・・。
人は自分と他人と比べる。
成功している者を見ると羨望し、嫉妬し、そして奪いたくなる。
実に浅ましいものです。
私はそんな争いには加わりたくない。
第一、面倒臭いですからね。
私が守るのは、私の大事な者達だけです。
他の者は知りません。
公方様に頼れないなら、神でも仏にでも縋って下さい。
・・・。
景虎殿、私に何を期待しているのですか」
景虎は嬉しそうに言う。
「あれから身代が随分と大きくなったから、
考えも変わったのかどうか心配していたんだ。
変わってないようで安心したよ」
景虎は近習二人を呼び寄せた。
「本隊に戻り、私の指示を伝えろ。
長尾家は明智家とは戦わない。
進軍速度を落として、ゆるりと上洛せよ。
そう申し伝えよ」
近習二名は復唱して確認すると、騎乗の人となった。
私は意外な成り行きに驚いた。
「公方様を助けなくて良いのか」
景虎が砕けた口調で言う。
「敵に回って攻めて欲しいのか。
当人に頼まれたら、そうしてもいいがな」
「いやいや、ご遠慮します。
越後の戦上手が相手では、うちにも被害が出ますからね。
それでは、これからどうするんだ。
近くで本隊を待つのか」
「待つには待つが、本隊が来るまで時間潰しで、
戦見物でもさせてもらおうかな」
「まさか、うちの戦か」
「他に戦があるのか、ないだろう。
遠慮せずに本陣に招けよ」
「いいのか。
私は構わないが、公方様に知られたら・・・」
「逃すつもりか」
あまりの言い様に私は驚いた。
「逃すつもりはないが、景虎、お主、公方様に恩とか義とかは・・・」
「あいつは私など将棋の駒の一つとしか見ていないよ。
使い勝手のいい駒。
呼べば直ぐに飛んで来る駒。
越後兵の迷惑など考えもしない。
・・・。
越後の国人達もそうだ。
普段は自分達の権利を主張して、こちらの言い分は聞かないのに、
困ったら、助けてくれ、助けてくれ。
国主だから助けるのが当然だとまで言う者もいる。
・・・。
周りの国もそうだ。
武田が攻めて来た、助けてくれ。
北条が攻めて来た、助けてくれ。
普段から越後に税を納めているのなら分かるが、
何も納めていないのに助けを求める。
厚かましいにも、ほどがある」