(包囲網)6
軍議には足利方と六角方の主立った面々が揃っていたのだが、
誰一人として二人の会話には加わらない。
それも無理からぬこと。
明智家に初手から狙いを外されるとは想定外のこと。
冷や汗ばかりで、代わる案が出せない。
そうと見て取った武田信虎が何気なく言う。
「明智家は民に優しいので、年貢は五公五民と聞き及んでおります。
試してみますか、本当に民に優しいのかどうかを」
足利義輝は訝し気な表情をした。
「何をするつもりだ」
信虎はニヤリと笑った。
「ここから真っ直ぐ、小谷城までの村や町を焼き払いましょう。
ついでに出会った村人や町人も」
「そこまでやるか」
「おや、公方様も焼き払ったことは有るでしょうに」
義輝は嫌な顔をした。
「いつもではないぞ、時と場合によってだ」
「本日はその時と場合です。
明智光国と言う小僧を城から引き出さねばなりませんからな。
某に火付けの先陣を」
六角義賢が異を唱えた。
「某は反対です。
この地も近江であります。
我らとは血縁の者も多く、賛同出来かねます」
信虎は意に介さない。
「なら見ておられよ、我らが遣り申す」
義賢はそれでも抵抗した。
「それで小谷城を取り戻したとしても、民が付いて来ぬでしょう」
信虎は嘲笑う。
「面白い事を申される。
民が付いて来る、付いて来ぬ、そんなのは城を奪ってから考えられよ」
武田信虎の手勢は騎馬が五十五騎に替え馬が二十頭。
その替え馬の世話をする雑兵が二十名。
完全に騎馬のみの編成。
これだけでは心許ないので同じ幕府奉公衆からの与力も得た。
それでもって早速、近くの村を襲った。
殲滅が目的ではないので包囲はしない。
手前から火を付けて行く。
手勢を信虎が叱咤激励した。
「殺し尽くせ、焼き尽くせ、奪い尽くせ」
さらに言葉を重ねた。
「逆らう者、慈悲を願う者、逃げ遅れた者、それらは撫で斬りにしろ」
戦続きの畿内の兵が多いので、こういう荒事には慣れていた。
喜んで家探しし、隠れている奴は叩き出し、女と見れば犯し、
家財やなけなしのお宝を奪って荷車に積み上げる。
そして最後に火を放つ。
邪魔者と看做すや、火炎の中に放り込む。
号泣して慈悲を願っても、笑い飛ばして斬り刻む。
これらは人だから出来ること。
けっして犬畜生には出来ぬこと。
☆
☆
私は黒煙が上がるのを見て、深い溜息をついた。
これは予想していなかった。
途次にある国人衆や地侍衆を避難させれば、
敵軍は真っ直ぐに小谷城に来ると思っていた。
それがこれだ。
物見が次々に報告に現れた。
悪い知らせばかり。
どこそこの村が、集落が焼き払われた。
かの町が焼き払われた。
逃げ遅れた村人や町民が斬り殺された。
女達が凌辱され、火炎に投じられた。
敵軍は当初の計画遂行を望んでいるとしか思えない。
当家の主力を小谷城から誘き出し、前後から挟み撃ちする。
敵が杜撰な動きをしたから筋立てが読めたのだが、
それを今もって諦めないとは。
ただの石頭なのか、執拗なのか。
悪辣なのは確かだ。
側仕えの奥女中、三人が薙刀を小脇に抱えて現れた。
お園、お宮、お蝶。
お園が代表して言う。
「お留守はお任せ下さい」
「頼む」
私が本丸から下りると近藤勇史郎が寄って来た。
「全軍、支度は整いました」
「近藤、当家の軍は公方の軍のような事はしてないよな」
「はい、ございません。
けれど少々は焼いております。
・・・。
美濃にて田畑は焼きました。
庄屋や豪農の屋敷も焼きました。
しかし、無抵抗の村人や町人への手出しは禁じてあります。
女子供も同様です」
「そうだよな。
公方はどうして、そんな酷い事が出来るんだろうな」
「血ではないでしょうか。
自分以外の血は劣っていると思い、
下に見ているのではないでしょうか」