(包囲網)5
足利義輝の目に騎馬の一団が映った。
五十騎ほどがこちらに向かって来る。
「あれは誰だ」
「旗印からすると武田信虎殿ですな」
甲斐武田家の前守護であったが、今は嫡男に追放された身。
とは言っても、ただの素浪人ではない。
収入は保障されていた。
追放した甲斐家からの隠居料。
娘婿の今川家からは給地。
幕府からは奉公衆に任じられて知行。
甲斐時代よりも金満であった。
「今川に戻っていた筈ではないのか」
六角義賢が薄笑い。
「親しくしている者が知らせたのでしょう。
あの方は戦が大好物ですからな」
「たしかに大好物だな。
食い過ぎて腹ではなく守護の座を失ってしまったがな。
しかし、あれが来てくれるとは心強い」
軍議が始まった。
足利方と六角方の主立った面々が招集され、床几に腰を下ろした。
物見から戻って来た六角家の武将が、
陣卓子に広げられた地図を指し示して状況を説明した。
「この辺りの国人衆は全て関ケ原城へ入城しました」
六角義賢は疑問を呈した。
「内応を約束した国人達はどうした」
「彼等も関ケ原城に入りました」
「繋ぎは付けられぬのか」
「蟻一匹通さぬ警戒ぶりです」
義賢は三雲賢持に目を遣った。
「甲賀衆はどうした」
「腕利き五人ほどを向かわせましたが、一人も戻りません」
「甲賀の裏切り者の仕業か。
あれをどうにかせい、潰せ」
猪鹿家の事だ。
三雲は首を横にした。
「甲賀の申し合わせには反しておりませんので、手出しできません」
足利義輝と六角義賢はこの辺りで敵国人衆と小競り合いを起こし、
戦線を膠着させて、明智家の目と軍を引き付けるつもりでいた。
目的は明智家を小谷城に籠城させない、ただその一点。
何とかしてこちらへ誘い出す。
そして小谷城から引き離す。
それを見届けた越前朝倉家と若狭武田家が北から近江に攻め込み、
明智家の背後を襲う。
そう言う陣立てになっていた。
が、肝心の小競り合いする相手がいない。
明智家も姿を見せない。
当初の戦術が脆くも崩れた。
武田信虎が口を開いた。
物見から戻って来た武将に尋ねた。
「関ケ原城はこの辺りの国人衆全てを入れるほど大きいのか」
「まだ未完成ですが、かなりの広さです」
「そこの主将は」
「明智家の二番隊の隊長・武田貫太郎です。
本来は西濃城勤番なのですが、
関ケ原城も兼ねると聞き及んでいます」
信虎は苦笑いした。
「武田貫太郎か、良い名だ。
武田に弱い奴はいない。
して、その兵力は」
「おおよそですが、一万を超えています。
近隣の西濃衆も駆け付けていますので、今後も増えると思えます」
「一万か、それでまだ増えるのか。
全てが城に収容できる訳はないな」
「はい、城の後方に陣取っています」
「その配置は」
「大雑把ですが東山道に三千、伊勢街道に三千。
城を盾にして両道を塞ぎ、美濃への侵攻を防ぐつもりと見受けました」
「状況次第では、こちらに出て来る事も有り得るか」
「はい、否定はできません」
武田信虎は足利義輝に視線を転じた。
「公方様、こちらの策は露見していると考えた方がいいですな」
「朝倉や武田もか」
「そう考えた上で動かれた方がよろしいでしょう」
「内応すると伝えて来た国人衆は」
「本気で内応するのなら、何とかして連絡を寄越すでしょう。
それが全くないと言うことは、欺瞞でしょう」
義輝は三白眼で信虎を見返した。
「欺瞞だと、許せぬ。
このワシより明智の小僧を選ぶのか。
国人風情が、ワシに盾突くとは・・・、叩き切ってやる」
信虎は気にもしない。
他人事のように言う。
「しかし困りましたな。
小谷城に立て籠もられては、面倒ですな」
「何か誘い出す手立てはないか」
暑いよ、雨だよ、雷だよ、アップしただね。