(包囲網)4
☆
足利義輝が幕府奉公衆を率いて京を進発した。
軍勢五千で小谷城の明智家討伐に赴いた。
それを見送った三好長慶は伊勢貞孝と共に執務に戻った。
道すがら長慶は伊勢に尋ねた。
「明智家の様子はご存知ですかな」
「多少は」
「勝てそうですかな」
伊勢は辺りを見回し、黙って首を横にした。
近くには互いの側仕えしかいないが、敢えて口にはしない。
長慶も深くは突っ込まない。
柔らかい語気で続けた。
「近江や美濃の国人衆にも御内書を出されたそうですな」
「ええ、聞き及んでおります」
「その結果は」
ここでもまた伊勢は首を横にした。
「織田家が帰路に小谷城に立ち寄ったことはご存知ですかな」
「ええ、聞き及んでおりますが、
公方様の耳には入れぬようにしております。
他の者達も同様です。
機嫌を損なうのは口にした者ですからな」
「ですな。
織田家の姫が明智家に輿入れすると言う話は」
「小耳には挟んでおりますが、所詮は尾張の小大名、
公方様の耳に入れる話でもないでしょう」
長慶は別の話題にした。
「越後の長尾景虎殿の件もご存知かな」
伊勢が足を止めた。
表情を歪めた。
「秋口に上洛の予定を前倒しして、この春先にしてもらった件ですかな」
「如何にも。
大変だったとお聞きしました」
伊勢が長慶を建物の陰に連れて行く。
「当然です。
秋口で日程調整をしたのは拙者ですからな。
通過予定の領地や寺社に御内書と副状を届けさせ、承諾を得、
それから越後に通知。
それが僅か三日後に破棄されたのですぞ。
・・・。
公方様の、長尾の上洛は春先にしろ、の一点張りで全てご破算です。
偉い人は良いですなあ。
お陰で御内書と副状はやり直しで、てんてこ舞い。
こちらの気苦労も知らないで」
「それはご苦労でした」
伊勢が長慶の耳元に地声で囁いた。
「ふざけるな。
誰があの方を朽木谷から連れ出した。
どうしてお天道様の下に野放しにした」
目が本気色。
ややあって、自省したのか、長慶に謝罪した。
「すまん。
今のは忘れて下され」
別れ際に長慶は最後の問い。
「長尾殿は明智攻めに間に合いますかな」
「こればかりは・・・。
急な変更でしたからな」
☆
☆
京を進発した足利義輝の軍勢は途次にて、
道々の国人や地侍の手勢を加えて膨らんで行く。
勝戦だと信じた陣借りの者達をも吸収し、一万超え。
既に観音寺城の六角勢は先行していた。
公方様の露払いを行いながら、小谷を目指していた。
ところが一戦もない。
領境で明智家に臣従している筈の国人達が姿を現さないのだ。
それぞれの砦も居城も、もぬけの殻。
矢の一つも飛んでこない。
村人に尋ねたところ、「領主様方は美濃方向へ向かわれた」と。
慌てて、その方向に物見を走らせたところ、目撃者が続々・・・。
肝心の明智家の軍勢も見当たらない。
疑問は疑問のままにして置けない。
姦計に嵌っては目も当てられない。
そこで後続の公方様を待つことにした。
公方様を迎え入れられるように大きく布陣した。
数日遅れで公方様の軍勢が合流した。
六角義賢は自ら先頭に立って出迎えた。
「公方様、お出でをお待ち申しておりました」
足利義輝が軽やかに馬から下りた。
「出迎え大儀。
して、ここは」
「野良田と申す所です」