(包囲網)3
私は尋ねた。
「お市ちゃん、公方様はどんな方だった」
お市ちゃんはお酒と水を間違えていた。
涙目で、咽ながら答えてくれた。
「あっとらんがねー」
懐から手拭を取り出して、お市ちゃんに差し出した。
「大丈夫かい」
「ありがとにゃー」
見兼ねたのか、信長が言う。
「血が繋がってれば馬でも鹿でも、公方様になれるな」
意味深な言い方。
私が苦笑いしていると信長が突っ込んで来た。
「公方様相手に喧嘩を売った訳だが、勝算は」
「こちらから売った覚えはないけど、まあ、買ってあげるよ」
「随分な自信だな」
「三好が加わってないから十分に戦える」
公方が頭を下げて依頼すれば三好の参戦もあるだろうが、
現状では全く考えられない。
まず公方は頭を下げない。
それに、三好の参戦で勝ったとしたら、今以上に公方が拙くなる。
論功行賞で三好の領地が増え、結果として公方の首を締める。
これまで入洛を果たした大内や尼子は領地が遠隔地であった為に、
結果いかんに関わらず地元に戻った。
ところが三好家は違う。
三好長慶は四国から摂津に移って来ていた。
今や隣国なのだ。
当家の存在以上に三好の存在は大きい。
考慮せねば足利家は立ち行かなくなる。
信長が分かってるとばかりに言う。
「だったら尾張の手は必要ないな」
私は言い切った。
「当然だろう。
公方様殺しには加担させないよ」
信長の目が細くなった。
「やる気か」
「敵の大将だからね。
やられるのが怖けりゃ、後ろに隠れてればいい。
・・・。
でも、あれは出て来そうだな。
鉄砲足軽がきちんと当ててくれれば良いが」
「分かる、あれは飛び出そうとする筈だ」
「まさか真正面には出てこないと思うが、
たまたま、流れ弾が当たったとか・・・」
「一万発も撃てば当たるだろう。
・・・。
何万発用意してんだ」
「公方様が相手だから、盛大に持て成すつもりでいるけど」
お市ちゃんが不意に言った。
「あかんでかんわ」
私は心配した。
「どうしたの、何か心配かい」
「絵本の話をするのを忘れとったにゃー」
「【かぐや姫】のことかい」
お市ちゃんが監修までした絵本だ。
嬉しそうに手をポンと打った。
「そうそう、そうがね。
すっかり忘れとった。
あれは仕上がったの」
「帰りに美濃の工房を覗いてみたら」
「ええの、あそこは関係者以外は立ち入り禁止だがね」
「お市ちゃんは関係者だから入れるよ。
帰りに案内人も付ける」
「ありがとう、光く~ん」
「光く~ん、俺も鉄砲の弾一万発ほっしいかな」
信長が酒を舐めるようにして言う。
「えっ、その身体に一万発ですか、死にますよ」
信長が噴き出した。
「あほっ、この身体には一発で十分だ。
・・・。
しかしよう、お前は何を目指してるんだ。
天下か、公方を討って名乗りを上げるのか。
藤原、平家、源氏、北条、足利、そして明智」
「そんなつもりで稲葉山城を取ったつもりはないんだ」
「それじゃ、どういうつもりだ」
「何れ別家を立てるつもりでいたんだ。
別家で薬を作ったり、酒を作ったりしたいと思ってたんだ。
周りには銭雇いの腕の良い大人が集まっていたから、
これで楽に銭が稼げる、そう思ってたんだ。
・・・。
気が付いたら稲葉山城を取ってた。
そうしたら六角が攻めて来た。
その流れで小谷城まで取ってしまった。
今度は公方様が攻めて来る。
・・・。
次は観音寺城かな、それとも京かな」
☆